65歳定年後も働く時代、企業本音に見る人手不足と雇用延長の課題
68歳現役を求める企業本音の背景
「65歳まで働けば十分」という感覚は、企業の採用現場ではすでに古くなりつつあります。帝国データバンクが2026年9月に実施したアンケートでは、企業が従業員に期待する活躍年齢は平均67.9歳でした。中央値は70歳で、法制度上の節目である65歳を明確に上回っています。
この数字は、単なる長寿化への期待ではありません。正社員不足、若手採用の難しさ、技能承継の遅れが重なり、企業は経験ある人材を手放しにくくなっています。特に中小企業では、シニア人材の継続就業が「福利厚生」ではなく、事業継続の条件になり始めています。
65歳雇用義務から70歳就業確保への制度転換
67.9歳に表れた中小企業の切迫感
帝国データバンクの調査は、全国1,289社を対象に実施されました。従業員に何歳ごろまで活躍してほしいかという問いに対し、全体平均は67.9歳。規模別では小規模企業が68.3歳、中小企業が68.1歳、大企業が66.8歳でした。人材の代替が難しい企業ほど、より長い活躍を期待している構図です。
業種別では、農・林・水産が70.1歳で唯一70歳を超えました。運輸・倉庫は68.6歳、サービスは68.5歳と続きます。一方、建設は67.4歳と最も低く、体力負荷や安全基準が年齢上昇の制約になっていることがうかがえます。つまり、企業の本音は「何歳でも働いてほしい」ではなく、「職務と健康条件が合うなら、65歳以降もいてほしい」です。
この背景には、人手不足の深刻化があります。帝国データバンクの2026年4月調査では、正社員の人手不足を感じる企業は50.6%、非正社員は28.3%でした。2025年度の人手不足倒産は441件に達し、建設業112件、道路貨物運送業55件など、労働集約型の産業で特に重く出ています。
義務と努力義務を分ける制度の線引き
制度面でも、65歳は「引退年齢」ではなく「最低限の雇用確保ライン」になっています。高年齢者雇用安定法では、定年制の廃止、65歳までの定年引上げ、希望者全員の65歳までの継続雇用制度のいずれかが企業に義務付けられています。さらに2025年3月31日に経過措置が終わり、労使協定で対象者を限定する仕組みは使えなくなりました。
ただし、これは65歳定年を一律に義務付ける制度ではありません。企業は60歳定年を残したまま、希望者全員を65歳まで再雇用する設計もできます。このため、多くの企業では「60歳定年、65歳まで再雇用」という形がなお残りやすい構造です。
70歳までの就業確保は、義務ではなく努力義務です。厚生労働省の2025年集計では、21人以上規模の企業23万7,739社のうち、70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は34.8%でした。中小企業は35.2%、大企業は29.5%で、ここでも中小企業のほうが進んでいます。
措置の中身を見ると、継続雇用制度の導入が28.3%で中心です。定年制の廃止は3.9%、70歳までの定年引上げは2.5%にとどまります。制度の主流は「定年そのものをなくす」ことではなく、「年齢の節目ごとに契約や役割を見直す」方向です。
長く働く意欲を生かす職務設計と学び直し
非正規化と賃金低下が削る納得感
高齢者側にも働く意欲はあります。総務省の2026年統計トピックスでは、65歳以上の就業者数は943万人で22年連続増、就業者総数に占める割合は13.8%と過去最高でした。65歳以上人口の増加だけでなく、就業を続ける人そのものが増えている点が重要です。
一方で、働き方の質には課題があります。総務省は、65歳以上の役員を除く雇用者に占める非正規の職員・従業員の割合を76.1%としています。内閣府の高齢社会白書でも、60歳以降に非正規比率が大きく上がる構造が示されています。
再雇用後に仕事内容がほとんど変わらないのに、賃金や権限だけが大きく下がると、働く側の納得感は損なわれます。RIETIの研究でも、継続雇用者は雇用安定を得る一方で処遇悪化を受け入れ、仕事満足度や65歳以降の就業意欲が低い傾向が指摘されています。
ここで問われるのは、年齢ではなく職務の設計です。責任範囲、期待成果、勤務時間、賃金を整理し、若手時代と同じ尺度で評価しない一方で、経験の価値を安く見積もらない仕組みが必要です。単に「残ってほしい」と頼むだけでは、シニア雇用は持続しません。
若手育成と専門性をつなぐ再配置
企業がシニア人材に期待する価値は、現場の穴埋めだけではありません。技能や顧客理解、業務上の判断、トラブル対応、若手育成など、長い職業経験から生まれる暗黙知があります。これはマニュアル化しにくく、採用市場で即座に買えるものでもありません。
ただし、経験者を「何でも知っている便利な人」として扱うと、役割が曖昧になります。必要なのは、後進指導、品質管理、顧客対応、現場改善、教育研修など、経験が生きる職務へ再配置することです。体力を要する作業から知識集約型の役割へ移す発想が欠かせません。
学び直しも重要です。高齢社会白書では、60歳以上の自己啓発実施率が近年低下していることも示されています。デジタルツール、法令対応、顧客管理、教育手法などは、ベテランほど体系的に更新する機会が必要です。シニアのリスキリングは、若手と同じカリキュラムを受けさせることではなく、既存の専門性を現在の業務環境につなぎ直すことです。
個人にとっても、60歳前後からの準備では遅い場合があります。50代のうちに、自分の経験がどの職務で価値を持つのかを棚卸しし、教える力、記録する力、調整する力を磨くことが大切です。企業任せの再雇用ではなく、自分の職務価値を言語化するキャリア形成が求められます。
安全衛生と処遇改革なしに進まない現役延長
70歳近くまで働く社会は、良い面ばかりではありません。厚生労働省は、高年齢労働者の労働災害防止対策について、2026年4月から事業者の努力義務が施行されると説明しています。職場環境の改善、体力状況の把握、安全衛生教育などを、年齢特性に合わせて進める必要があります。
厚生労働省の広報資料では、2023年時点で労働者全体に占める60歳以上の割合は18.7%、労災死傷者数に占める60歳以上の割合は29.3%でした。65歳以上では労災発生率が働く人1,000人当たり4人を超え、転倒や墜落・転落のリスクが目立ちます。
したがって、現役延長は「本人が元気ならよい」という話ではありません。作業動線、照明、段差、重量物、休憩、暑熱対策、勤務シフトを見直す必要があります。特に中小企業は人手不足ほど配置転換の余地が小さいため、安全投資と職務分解を同時に進めなければ、長期就業は事故リスクを高めます。
処遇面でも、再雇用者を低賃金の調整弁にしないことが重要です。70歳まで働ける制度があっても、本人が誇りを持てない仕事であれば定着しません。評価、報酬、学び直し、安全衛生を一体で設計できる企業ほど、シニア人材の力を事業に変えられます。
企業と個人が備えるリタイアシフトの論点
65歳で一律に退く時代から、働き方を段階的に変えるリタイア・シフトの時代へ移っています。企業にとっては、人手不足を補うだけでなく、職務を再設計し、技能承継を仕組みにする好機です。制度だけ整えても、役割と処遇が曖昧なら人材は残りません。
個人にとっては、65歳以降を「余生の労働」と考えないことが大切です。50代から専門性を棚卸しし、教える力やデジタル対応力を育てることで、働く選択肢は広がります。企業の本音は「長くいてほしい」ですが、個人の答えは「どう働き続けたいか」です。その接点を作れる職場が、次の高齢者雇用の勝ち筋になります。
参考資料:
- 企業が期待する「活躍年齢」に関する動向アンケート|帝国データバンク
- 人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)|帝国データバンク
- 人手不足倒産の動向調査(2025年度)|帝国データバンク
- 令和7年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果|厚生労働省
- 高年齢者雇用安定法の改正と経過措置の終了|厚生労働省
- 高齢者の方へ 高齢者雇用対策ポータルサイト|厚生労働省
- 統計トピックスNo.149 統計からみた我が国の高齢者|総務省統計局
- 令和8年版高齢社会白書 就業・所得|内閣府
- 令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果|内閣府
- 令和7年版 労働経済の分析 雇用情勢の動向|厚生労働省
- 高年齢労働者の労働災害防止対策に関する検討会|厚生労働省
- 高年齢労働者の安全衛生対策について|厚生労働省
- 高年齢者等職業安定対策基本方針を定める件|JILPT
- 定年後の雇用パターンとその評価|RIETI
- 中小企業・小規模企業者の人手不足への取組状況に関する調査|中小機構
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