南アジアのLNG依存が招くエネルギー危機の深刻度
ホルムズ封鎖で露呈した南アジアLNG依存
2026年2月28日、米国・イスラエルによるイランへの軍事攻撃を契機に、世界のエネルギー供給の要衝であるホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥りました。この危機は、液化天然ガス(LNG)に高度に依存する南アジア諸国に特に深刻な打撃を与えています。
ホルムズ海峡を経由する原油の84%、LNGの83%はアジア市場向けです。パキスタンやバングラデシュなど、LNG輸入の大部分をカタールやUAEに依存する国々では、供給途絶が生活や経済活動に直結する事態となっています。本記事では、南アジアのLNG依存がなぜ裏目に出たのか、各国の脆弱性と対応策を詳しく解説します。
ホルムズ海峡封鎖とエネルギー市場の混乱
海峡封鎖の経緯と規模
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃を開始した後、イラン革命防衛隊(IRGC)がホルムズ海峡の通航を禁止する警告を発出しました。3月7日時点で海峡の通航隻数は2月1〜27日の平均から97%減少し、事実上の封鎖状態となっています。
ホルムズ海峡は世界の石油消費量の約2割、LNG取引量の約20%が通過する要衝です。3月12日までにイランは21件の商船への攻撃を確認しており、大手海運会社はこの海域での運航を停止しました。1970年代の石油危機以来、最大のエネルギー供給途絶と評されています。
エネルギー価格の急騰
海峡封鎖を受け、エネルギー価格は急騰しました。原油の国際指標であるブレント原油は3月8日に1バレル100ドルを突破し、ピーク時には126ドルまで上昇しました。2月27日から3月9日までの間に、原油価格は27%、LNG価格は74%上昇しています。
アジアのLNGスポット取引指標であるJKM(ジャパン・コリア・マーカー)は、2月27日の11.06ドル/百万英熱量単位(mmBtu)から3月9日には24.80ドル/mmBtuへと、わずか10日間で2倍以上に跳ね上がりました。
南アジア各国の脆弱性
パキスタン:LNG輸入の99%が湾岸依存
南アジアの中でも特に深刻な影響を受けているのがパキスタンです。同国のLNG輸入の99%はカタールとUAEから調達されており、ホルムズ海峡経由の供給に完全に依存しています。
パキスタンは備蓄能力や調達先の多様化が限られており、供給途絶への耐性が極めて低い状態にあります。政府は中東への自国海軍の派遣による商船護衛や、燃料節約のための一連の措置を導入しましたが、根本的な解決には至っていません。
バングラデシュ:構造的なガス不足に追い打ち
バングラデシュはエネルギー需要の約95%を輸入に依存しており、LNG輸入の72%がカタールとUAEからの調達です。同国はすでに日量1,300百万立方フィート以上のガス不足を抱えており、今回の危機はその構造的な問題にさらなる追い打ちをかけています。
政府は燃料の上限価格設定、大学の閉鎖、ラマダン明けのイード・アル=フィトルに向けた装飾照明の消灯、石油貯蔵施設への軍の配備による買い占め防止など、緊急措置を矢継ぎ早に打ち出しました。市民生活への影響は甚大です。
インド:最大の複合的リスク
インドは地域で最大の複合的なエネルギーリスクに直面しています。2025年のLNG輸入(2,600万トン)の59%がカタールとUAEからの調達であり、原油輸入の約60%も中東に依存しています。ホルムズ海峡の封鎖により、月間最大145万トンのLNG供給が途絶える可能性があります。
ただし、インドは他の南アジア諸国と比較して、備蓄やインフラの面でやや余裕があります。国内のガス生産能力や再生可能エネルギーの拡大も進んでおり、短期的な危機対応能力は相対的に高いと言えます。
LNG依存が裏目に出た構造的要因
安価なLNGへの過度な依存
南アジア諸国がLNGに傾斜した背景には、石炭や石油と比較してクリーンなエネルギー源であることに加え、近年のLNG市場の供給過剰による価格低下がありました。特にカタールは世界最大級のLNG輸出国として、南アジア向けに長期契約で安価なLNGを供給してきました。
しかし、この依存構造は「安くて安定的」という前提が崩れた瞬間に脆弱性を露呈します。輸入先の地理的集中と、供給ルートのホルムズ海峡への集中という二重のリスクが、今回の危機で一気に顕在化しました。
備蓄・インフラの不足
先進国と比較して、南アジア諸国はLNGの備蓄能力が著しく不足しています。ベトナムの石油備蓄は20日分未満と推定されており、パキスタンやバングラデシュも同様に脆弱な状況です。十分な備蓄がなければ、供給途絶が即座に生活や経済活動に影響します。
また、LNG受入基地の容量やパイプラインの整備も追いついておらず、代替調達先からの受け入れにも物理的な制約があります。
今後の展望と教訓
短期的な対応
国際エネルギー機関(IEA)加盟国による戦略石油備蓄(SPR)の放出が検討されていますが、市場を一時的に落ち着かせることはできても、ホルムズ海峡の物理的な封鎖問題を解決するものではありません。代替供給ルートの確保、特にオーストラリアや米国からのLNG調達の拡大が急務です。
中長期的な教訓
今回の危機は、エネルギー安全保障における調達先・輸送ルートの分散化の重要性を改めて浮き彫りにしました。南アジア諸国にとっては、再生可能エネルギーへの転換を加速させる強い動機ともなっています。
国際エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)は、今回の危機がアジアにおける再生可能エネルギーへのピボット(転換)の緊急性を裏付けていると指摘しています。化石燃料への依存を減らし、エネルギー自給率を高めることが、地政学的リスクへの最大の防御策です。
南アジアLNG危機が迫る調達分散と再エネ転換
ホルムズ海峡の封鎖は、LNGに高度に依存する南アジア諸国の脆弱性を一気に露呈させました。パキスタン、バングラデシュ、インドなどの国々は、供給先と輸送ルートの地理的集中というリスクに直面しています。
短期的には代替調達先の確保と省エネ措置が急務ですが、中長期的にはエネルギー源の多様化と再生可能エネルギーへの転換が不可欠です。今回の危機が、南アジア全体のエネルギー戦略を見直す契機となるか注目されます。
参考資料:
- Strait of Hormuz closure threatens South Asia LNG supply | GlobeNewsWire
- The Strait of Hormuz is facing a blockade. These countries will be most impacted | CNBC
- How the War With Iran Is Impacting Economies in Asia | TIME
- UNCTAD、ホルムズ海峡の混乱がエネルギーと肥料供給に影響と報告 | ジェトロ
- ホルムズ海峡封鎖は世界経済にどう波及するのか? | WIRED.jp
- Iran tensions underscore the urgency of Asia’s renewables pivot | IEEFA
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