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燃料電池車はオワコンなのか 乗用車失速と水素商用化の分岐点を読む

by 伊藤 大輝
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乗用車失速と商用水素の分岐点

燃料電池車は長く「究極のエコカー」と呼ばれてきました。走行時に排出するのは水だけで、補給時間も短く、長距離利用にも向くからです。ところが足元では、電池EVの急拡大と対照的に、燃料電池車は乗用車で存在感を落としています。

ただし、ここで「もう終わった技術」と片づけると全体像を見誤ります。IEAや米エネルギー省、カリフォルニア州の公開資料をたどると、燃料電池車は乗用車の大衆化競争では劣勢でも、大型トラックやバスなど業務用途ではなお戦略的な余地を残しています。本稿では、普及が進まなかった理由と、それでも消えていない理由を分けて整理します。

乗用車市場で進んだ失速

電池EVの急拡大と相対的な後退

燃料電池車が厳しく見える最大の理由は、競合の電池EVが想定以上の速度で量産段階に入ったことです。IEAの「Global EV Outlook 2025」によれば、2024年の世界の電動車販売は1,700万台を超え、新車販売に占める比率も20%を上回りました。さらにIEAは、2025年には世界のEV販売が2,000万台を超え、新車の4台に1台以上が電動車になる見通しを示しています。

この流れのなかで、燃料電池車は「ゼロエミッション車の一方式」ではあっても、量産効果と価格競争力で主役になれませんでした。電池EVは家庭や職場での充電という分散型インフラを使える一方、燃料電池車は水素供給網を別途整える必要があります。車両単体の完成度ではなく、車両と燃料供給を同時に立ち上げなければならない点が、初期普及のハードルを一段高くしました。

日本でもこの構図は同じです。IEAは2024年の日本のEV販売比率を3%と整理しており、電動化そのものが欧州や中国より緩やかです。燃料電池車は、電池EVが急伸した市場では競争に押され、電動化が遅い市場では市場全体の追い風も弱いという、二重の難しさに直面しています。

販売地域とインフラの細さ

乗用車の現実を最も分かりやすく示すのがカリフォルニアです。米国で燃料電池車が最も実用化された地域ですが、そのカリフォルニアでも普及は細い線のままです。Hydrogen Fuel Cell Partnershipの集計では、2025年4月23日時点で米国の燃料電池乗用車の販売・リース累計は1万8633台、カリフォルニア州内で利用可能な水素ステーションは50カ所、利用不能は8カ所でした。計画中の小売ステーションは109カ所あるものの、現時点の運用数は限られています。

州政府資料も厳しい実態を裏づけます。California Energy Commissionの統計ページは、2025年3月31日時点で7カ所のライトデューティー向け小売ステーションが一時停止中だと明記しています。California Air Resources Boardの年次評価でも、2025年4月時点の登録燃料電池車は1万4128台にとどまり、ステーション拡張は「高価格と低需要」に阻まれていると整理されました。定義や集計日が異なるため数値は完全一致しませんが、供給網の脆弱さがボトルネックである点は共通しています。

メーカーの販売現場も、結果として地域限定になっています。米エネルギー省のAFDCは、燃料電池車は北部・南部カリフォルニアのような「水素ステーションがある選択的市場」で提供されていると説明しています。米国市場では、インフラの有無がそのまま販売可能地域を決める構造です。

それでも消えない技術的な強み

長距離と短時間補給という価値

燃料電池車がなお注目されるのは、長距離走行と短時間補給で一定の優位を持つからです。ToyotaのMiraiは2025年モデルでEPA推定航続距離402マイルを掲げています。利用者の体感としては、電池EVより「ガソリン車に近い使い方」ができることが強みです。

米エネルギー省も、水素は長距離輸送や大型車で有望だと説明しています。燃料電池は内燃機関より2〜3倍高効率で、重量級車両に必要な長距離性能と短い補給時間を両立しやすいという整理です。これは乗用車より、稼働率が高く停止時間のコストが大きい業務用車両で価値が出やすいことを意味します。

物流や公共交通では、車両が止まる時間そのものがコストです。大型トラックや路線バスは、1台ごとの利用時間が長く、車庫や拠点も固定されやすいため、燃料電池車はこの条件では依然として候補に残ります。

水素価格と効率という宿題

もっとも、この強みだけで乗用車が復権するわけではありません。燃料電池車には、水素を製造し、圧縮や輸送を行い、車載タンクに詰め、車上で再び電気に戻すという工程が必要です。電池EVのように送電した電気をそのまま電池へ入れる方式より、系全体の効率で不利になりやすい構造です。

ここで重要なのは、燃料電池車そのものの排出ゼロ性と、水素の製造過程の脱炭素性は別問題だという点です。AFDCは、燃料電池車の尾管排出は水蒸気だけだとする一方、水素の温室効果ガス排出は製造手法によって変わると説明しています。IEAの「Global Hydrogen Review 2025」でも、2024年の世界の水素需要はほぼ1億トンに達したものの、新用途は需要全体の1%未満、低排出水素の利用も全体の1%未満にとどまりました。

要するに、車両だけ先に増やしても、安価で低炭素な水素が十分に出回らなければ普及は持続しません。カリフォルニアで表面化した供給不安や高価格は、この問題を先に体験した事例といえます。燃料電池車が苦戦している本質は、車の完成度より「水素経済の立ち上がりが遅い」ことにあります。

主戦場の移動

大型トラックとバスという適地

IEAは2025年版の水素レビューで、道路輸送のなかで燃料電池車の「唯一の高成長市場」は大型トラックだと指摘しました。同時に、総保有コストでは電池式やディーゼル車より高いとも述べています。ここから読み取れるのは、燃料電池車は万能ではないが、特定の用途ではなお比較対象に残るということです。

米エネルギー省の整理も同じ方向です。重車両は道路上の車両数では5%にすぎない一方、輸送部門排出の20%超を占めています。だから政策側は、全車種を一気に水素化するより、まず排出インパクトの大きい大型車から狙います。DOEのSystems Development and Integrationプログラムが、中大型燃料電池トラックと高流量水素充填設備を重点対象に置くのはそのためです。

バスも有力な用途です。NRELは、燃料電池バスが初期用途として有望な理由を明快に挙げています。運行拠点が集中し、給油地点も固定しやすく、政府補助も入りやすいからです。乗用車のように「どこでも自由に走る前提」で全国網を整える必要はありません。これは、インフラ整備の難しさを用途設計で回避する考え方です。

中国が世界の燃料電池商用車保有台数のほぼ95%を占めるというIEAの指摘も、この文脈で理解できます。商用車は補助金と拠点整備を組み合わせやすく、政策的に集中投資しやすいからです。逆に言えば、燃料電池車の将来は「乗用車が売れるか」より、「拠点型の業務用途をどこまで押さえるか」で決まりやすくなっています。

メーカー戦略の再編

メーカー各社の動きも、主戦場の移動をはっきり映しています。Toyotaは2025年2月、第三世代の燃料電池システムを発表し、従来型よりコスト低減と効率改善を進めたうえで、商用分野の要求に合わせた設計だと説明しました。しかも導入先として、日本、欧州、北米、中国を念頭に、2026年以降の商用車活用を前面に出しています。主語が「乗用車」から「商用セクター」へ移っているわけです。

一方で、一部メーカーは乗用ユースを完全には捨てていません。ただし、その位置づけは大衆化モデルというより、インフラのある地点で技術を維持し、次の用途展開へつなぐ橋渡しです。各社が燃料電池を捨てていない一方で、かつてのような「次世代乗用車の本命」ではなく、用途を絞って残している点が変化です。燃料電池車の現在地は、拡大局面ではなく、選択と集中の局面にあります。

政策が左右する普及速度

カリフォルニアの教訓

カリフォルニアは燃料電池車の可能性と限界を同時に示しています。California Air Resources Boardは、AB 126に基づき、2030年まで水素ステーションへ毎年少なくとも1500万ドルを投じる制度的枠組みを案内しています。Advanced Clean Cars IIでも、2026年に35%、2030年に68%、2035年に100%へと新車ゼロエミッション比率を引き上げる計画のなかに、燃料電池車は制度上残されています。

それでも現場では、供給の安定性と価格の問題が消えていません。制度が存在しても、利用者が「行けば入れられる」と確信できるネットワークがなければ、乗用車は普及しにくいということです。電池EVが家庭充電で部分的にこの問題を回避したのに対し、燃料電池車はネットワーク品質がそのまま商品力になります。カリフォルニアはこの厳しい現実を最も早く示した市場です。

韓国・日本・中国で残る政策余地

一方で、政策が消えたわけでもありません。IEAの政策データベースによれば、韓国は2026年に5762億ウォンの政府資金を投じ、計7820台の水素車導入を支援する計画です。水素ステーション側にも1897億ウォンを投じ、2030年までに660カ所を目指します。ここまで踏み込むのは、燃料電池車を国家的な産業・インフラ政策として扱っているからです。

日本でも、IEAはバスやトラック向けのEV・FCEV購入補助を継続していると整理しています。各国の政策は「乗用車を一気に置き換える」より、「商用車や公共交通など、インフラ集約が効く用途から広げる」方向へ寄っています。

低排出水素と拠点整備が握る分岐点

燃料電池車を論じる際に避けたい誤解は二つあります。第一に、「乗用車で苦戦しているから技術全体が敗北した」とみなすことです。実際には、商用車、バス、港湾・物流拠点、固定ルート輸送では条件がまったく異なります。第二に、「水だけ出るから必ず脱炭素」と早合点することです。脱炭素性は水素の製造法と電源構成に大きく依存します。

今後の分岐点は三つです。ひとつは低排出水素をどこまで安く作れるか。もうひとつは、ステーションを全国へ薄く広げるのではなく、物流・バス・産業拠点へ厚く整備できるか。最後は、電池EVでは運用上の負担が残る用途を、燃料電池車が本当に取りにいけるかです。Toyotaの第三世代システムと韓国の大型補助は、いずれもこの三点への賭けだと読めます。

乗用車から商用用途へ移る燃料電池車の重心

燃料電池車は、少なくとも乗用車の大量普及モデルとしては厳しい局面にあります。カリフォルニアの実例が示す通り、ステーション網の薄さと供給不安は、商品力を根本から削ります。世界の電池EV販売が急増したことも、相対的な不利を拡大させました。

しかし、それをもって「オワコン」と断定するのは雑です。IEAやDOEの公開資料を見る限り、燃料電池車は大型トラック、バス、拠点型の業務車両という領域でまだ生き残る可能性があります。言い換えれば、燃料電池車は終わったのではなく、乗用車の夢から商用用途の現実へと重心を移している最中です。今後の論点は、普及するか否かではなく、どの用途でなら経済性と脱炭素性を両立できるかにあります。

参考資料:

伊藤 大輝

テクノロジー・産業動向

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