kinyukeizai.com

kinyukeizai.com

ヘリウム供給危機が半導体産業を直撃する理由

by kinyukeizai.com
URLをコピーしました

はじめに

2026年2月末に始まったイラン戦争は、エネルギー市場だけでなく、半導体産業にも深刻な打撃を与えています。イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖により、世界のヘリウム供給の約3分の1を担うカタールからの輸出が途絶しました。

ヘリウムは半導体製造に欠かせない希少ガスですが、その供給構造の脆弱さはこれまであまり注目されてきませんでした。原油や天然ガスの供給不安が報じられる陰で、この「見えない危機」が世界のチップ生産を揺るがしています。

本記事では、ヘリウム供給ショックの背景と半導体産業への影響、そして各国・企業の対応策について解説します。

カタール産ヘリウムが途絶した経緯

ホルムズ海峡封鎖とラスラファン工業都市の停止

2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの軍事行動を開始したことを受け、イラン革命防衛隊はホルムズ海峡の通行を事実上封鎖しました。ペルシャ湾岸地域からの海上輸送が遮断される中、3月2日にはカタールエナジーがラスラファン工業都市のLNG生産コンプレックスの操業停止を発表しています。

ラスラファンは世界最大のLNG輸出施設であると同時に、ヘリウムの主要な生産拠点でもあります。ヘリウムはLNG精製の副産物として回収されるため、LNG生産の停止はヘリウム供給の途絶を直接意味します。

イランのミサイル攻撃で施設に深刻な被害

事態はさらに悪化しています。カタールのガス施設がイランのミサイル攻撃を受け、カタールガスは「広範な損傷」が生じたと報告しました。修復には数年を要する可能性があり、年間のヘリウム輸出量の14%に相当する生産能力が失われたとされています。

米地質調査所(USGS)の推計によると、カタールは戦争前に世界のヘリウム生産量の約33〜36%を占めていました。この供給が途絶したことで、世界のヘリウム供給量の約25〜30%が一気に市場から消失する事態となっています。

なぜヘリウムが半導体に不可欠なのか

冷却・パージ・リソグラフィでの用途

半導体製造工程において、ヘリウムは複数の重要な役割を担っています。第一に、シリコンウェハーの冷却です。ヘリウムは高い熱伝導性を持ち、製造工程で発生する熱を効率的に除去できます。

第二に、チャンバー内の残留ガス除去(パージ)です。化学的に不活性なヘリウムは、他のガスと反応せずに製造環境を清浄に保てます。第三に、フォトリソグラフィ工程での回路パターン転写にもヘリウムが使われています。

特にナノメートル単位の微細回路を刻む先端プロセスでは、99.9999%(6N)の高純度ヘリウムが求められます。最先端のEUV(極端紫外線)リソグラフィはヘリウムの消費量が大きく、AI向け先端チップの量産に直結する問題です。

代替が効かない希少資源

ヘリウムの最大の問題は、現実的な代替材料が存在しないことです。他の不活性ガスでは熱伝導性が不十分であり、極低温での冷却特性もヘリウムに匹敵するものがありません。ヘリウムは地球上で再生不可能な資源であり、天然ガス田から採掘される有限の物質です。

業界専門家のフィル・コーンブルース氏は、ヘリウム生産の停止が「最低でも2〜3カ月」続き、サプライチェーンが正常化するまでには「4〜6カ月」を要するとの見通しを示しています。

各国・企業への影響と対応策

韓国が最も深刻な打撃を受ける構図

今回の供給ショックで最も大きな影響を受けるのは韓国です。韓国はヘリウム輸入の約64.7%をカタールに依存しており、半導体用の高純度ヘリウムに限ればその比率はさらに高いとされています。サムスン電子とSKハイニックスという世界最大級のメモリチップメーカーを抱える韓国にとって、ヘリウム不足は国家的な課題です。

サムスンは昨年4月から導入した独自のヘリウムリユースシステム(HeRS)を一部生産ラインで稼働させており、年間約4.7トンのヘリウム使用量削減に成功しています。また、米国のサプライヤーとの取引拡大や、ロシア産ヘリウムの調達も検討しているとされています。SKハイニックスとサムスンはともに約6カ月分のヘリウム在庫を確保しているとのことです。

台湾TSMCは比較的分散した調達構造

一方、台湾のTSMCは比較的影響が小さいとみられています。台湾のヘリウム調達先は、カタールが約30%、米国が約30%、残りがその他の国や国内ソースと分散されています。TSMCは2カ月以上の在庫を確保しており、複数のサプライヤーからの調達体制を維持していると発表しています。

日本は「綱渡り」の調達構造

日本はヘリウムの全量を輸入に頼っています。主な調達先は米国とカタールで、国内最大のヘリウムサプライヤーである岩谷産業は、米国からの調達を主軸としつつ、日米両国に備蓄を確保しています。

日本政府はヘリウムを経済安全保障推進法における「特定重要物資」に指定しており、供給途絶のリスクは認識されています。しかし、Rapidusが2027年後半に2nm量産を目指す中、先端プロセスほどヘリウム消費量が多いことから、安定調達は今後の大きな課題です。

注意点・展望

スポット価格は2倍に急騰

危機発生以来、ヘリウムのスポット価格はすでに2倍に急騰しており、今後さらに上昇する可能性があります。ただし、半導体産業は「重要産業」として供給の優先順位が高く、医療用MRI装置や科学研究への供給が先に影響を受ける可能性があります。

短期的には在庫で凌げるが、長期化すれば深刻に

現時点では、主要メーカーが数カ月分の在庫を保有しているため、即座に生産が止まる状況ではありません。しかし、ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、半導体の供給不足が現実化し、スマートフォンやPC、AIサーバーの価格上昇につながる恐れがあります。

リサイクル技術や代替調達先の開拓が急務ですが、カタールの生産能力が完全に回復するまでには数年を要する可能性もあり、半導体サプライチェーンの構造的な脆弱性が改めて浮き彫りになっています。

まとめ

イラン戦争を契機としたヘリウム供給ショックは、半導体産業が抱えるサプライチェーンの「隠れたリスク」を可視化しました。原油や天然ガスの供給不安ばかりが注目されがちですが、代替の効かないヘリウムの途絶は、AI時代の基盤であるチップ生産を根底から揺るがしかねません。

各国・企業のヘリウム調達の多角化やリサイクル技術の導入が進む一方、短期的な解決策は限られています。今後の中東情勢の推移とともに、半導体市場への影響を注視していく必要があります。

参考資料:

関連記事

最新ニュース