新卒3年定着率が高い中堅企業の共通点とは
はじめに
「入社3年で3割が辞める」という言葉は、もはや日本の雇用市場における定説となっています。厚生労働省が公表した最新データによると、2022年3月に大学を卒業して就職した新規学卒者の3年以内離職率は33.8%に達しました。若手人材の流出は企業にとって採用コストや教育投資の損失に直結する深刻な経営課題です。
しかし、すべての企業が人材流出に悩んでいるわけではありません。『CSR企業総覧(雇用・人材活用編)』2025年版のデータをもとにした中堅上場企業の新卒3年後定着率ランキングでは、定着率100%を達成した企業が75社にも上りました。大企業ほどのブランド力や給与水準を持たない中堅企業が、なぜ新卒社員の心をつかみ続けられるのでしょうか。本記事では、定着率の高い中堅企業に共通する施策や組織文化を読み解いていきます。
中堅企業の新卒定着率ランキングが示す実態
調査の概要と対象企業
このランキングは、2021年4月に入社した新卒社員(3人以上)が、3年後の2024年4月1日時点でどれだけ在籍しているかを算出したものです。対象は2024年3月期までの3年平均売上高が1000億円未満の上場企業526社となっています。
定着率100%で並んだ75社の中で、新卒入社者数が最も多かったのはイベント・展示会支援を手がける博展で28人でした。次いで空間ディスプレーの企画・設計を行う丹青社が26人、産業用ロボットなどの製造装置メーカーである平田機工が25人と続きます。コンテンツ産業からは東映アニメーションが19人の新卒全員を定着させています。
定着率100%未達でも高水準の企業群
定着率100%には届かなかったものの、高い水準を維持している企業も注目に値します。価格比較サイトを運営するカカクコムは定着率96.3%(入社27人中26人が在籍)、医薬品メーカーの科研製薬も同じく96.3%を記録しました。航空測量のアジア航測は96.2%(53人中51人)と、比較的多くの新卒を採用しながら高い定着率を実現しています。
入社者数がさらに多い企業では、情報サービスのNSDが129人中114人(88.4%)で定着しており、ゲーム大手のコーエーテクモホールディングスも127人中116人(91.3%)となっています。大量採用をしながらも9割以上の定着率を維持できている点は、組織的な取り組みの成果といえるでしょう。
定着率トップ企業に見る独自施策
博展:社内公募と表彰で「選べるキャリア」を実現
定着率100%で入社者数トップの博展は、社員のキャリア自律を支える仕組みが特徴的です。社内公募制度を導入し、社員が自らの意思で異動先を選べる機会を設けています。さらに年1回、優秀な成果を上げた社員を表彰する制度があり、若手であっても実績次第で正当に評価される文化が根づいています。
博展の採用サイトによると、新入社員向けのオンボーディングプランやメンターミーティング、キャリア別の研修プログラムに加え、セルフキャリアレポートやキャリアカウンセリングなど、多角的なキャリア支援体制を整備しています。入社後の成長実感と将来のキャリアパスを明確に示すことが、若手社員の安心感につながっているといえます。
丹青社:4か月間の新入社員研修と資格取得支援
商業施設や文化施設の空間デザインを手がける丹青社は、手厚い研修制度で知られています。新入社員研修は4か月間にわたって実施され、業界未経験者でも段階的にスキルを身につけられる設計となっています。その後も階層別カリキュラムとして年間約15時間の研修が継続的に提供されます。
資格取得支援も充実しており、建築士や施工管理技士など業務に関連する資格の取得を全面的にサポートしています。通学費の補助や報奨金、資格手当の支給など、金銭面での後押しも行っています。専門性の高い職種だからこそ、資格取得を通じた成長が目に見える形で実感でき、それがモチベーションの維持につながっていると考えられます。
平田機工:最大100万円の報奨金で挑戦を後押し
熊本に本社を置く産業用装置メーカーの平田機工は、社員の創意工夫を金銭的に評価するユニークな制度を持っています。「コストダウン表彰制度」や「改善制度」を設け、優れたコスト削減提案や業務改善を行った社員に対し、最大100万円の報奨金を授与しています。
さらに、優良発明に対しては「通常実績報奨」「事業利益還元報奨」「ライセンス収入報奨」といった複数の報奨制度を用意し、技術者の知的貢献を正当に評価しています。有価証券報告書によると、同社の平均勤続年数は19.3年で、機械業界の平均15.6年を大きく上回っています。若手のうちから自分のアイデアが会社に認められ、具体的な報酬として返ってくる環境が、長期的な定着を支えていると考えられます。
若手が辞めない企業に共通する5つの特徴
キャリアパスの可視化と成長支援
定着率の高い中堅企業に共通するのは、入社後のキャリアステップを明確に示している点です。あらかじめ「キャリアマップ」を提供し、将来像を具体的に描ける環境を整えている企業では、若手社員のモチベーションが維持されやすい傾向があります。
Z世代の特徴として、「この会社で何を得られるか」「自分のスキルをどう磨けるか」という視点で企業を評価する傾向が強いことが指摘されています。中堅企業の場合、大企業ほどポストの数は多くないものの、少人数ゆえに早い段階から責任ある仕事を任されやすいという利点があります。この「成長の速さ」を制度として支える仕組みが、定着率向上のカギとなっています。
コミュニケーションの質と心理的安全性
リテンション施策として効果が高いとされているのが「社内コミュニケーションの活性化」です。ある調査では、効果的だった施策として59%の企業がこの項目を挙げています。
メンター制度を導入した日本新薬では、所属部署とは別の先輩社員をメンターとして配置し、部署を超えた人間関係を構築する機会を設けました。その結果、入社3年後の定着率は96〜97%に達しています。中堅企業の規模感は、経営層との距離が近く、組織全体としての一体感を醸成しやすいという強みがあります。
評価制度の透明性と早期の成果承認
若手社員の離職理由として「評価基準が不明確」「自分の貢献が認められない」という声は少なくありません。定着率の高い企業では、評価基準を明確に開示し、成果に対するフィードバックを迅速に行っています。
平田機工のような報奨制度や博展の表彰制度は、こうした承認欲求に応える仕組みといえます。入社1〜3年目の若手にとって、自分の仕事が目に見える形で評価されることは、「この会社にいる意味がある」という実感に直結します。
ワークライフバランスの実質的な保障
厚生労働省のデータによると、新卒者が最初の会社を辞める理由の第1位は「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」(30.3%)です。次いで「賃金の条件がよくなかった」(30.0%)、「人間関係がよくなかった」(23.1%)が続きます。
定着率の高い中堅企業では、残業時間が業界平均よりやや多い場合でも、育児休暇や育児時短勤務、フレックスタイム制度などの柔軟な働き方を整備することで補っているケースが見られます。制度として存在するだけでなく、実際に利用されている「実効性」が重要です。
配属ミスマッチの防止
入社後の理想と現実のギャップが早期離職の大きな要因であることは、多くの調査で指摘されています。損害保険ジャパンが導入した「新卒ジョブ・チャレンジ制度」のように、複数のポストから働きたい部署を選べる仕組みは、配属ミスマッチの防止に効果を発揮しています。
中堅企業でも、インターンシップの充実や入社前の職場見学、配属前のローテーション研修など、入社後のギャップを最小限に抑える工夫を行っている企業が定着率上位に名を連ねています。
注意点・今後の展望
定着率だけでは測れない企業の実力
定着率100%が必ずしも「理想的な職場」を意味するわけではない点には注意が必要です。入社者数が3〜5人程度の少人数企業では、統計的なブレが大きく、1人の退職で定着率が大きく変動します。また、定着率が高くても、社員が成長を感じられず「辞められないだけ」の状態であれば、組織の活力は低下しかねません。
定着率ランキングを見る際には、入社者数の規模や業界特性、社員の成長機会の充実度など、複合的な視点で評価することが重要です。
中堅企業が直面する採用市場の変化
2025年卒の採用市場では売り手市場がさらに強まり、中堅企業にとって優秀な新卒人材の獲得競争は一層激しくなっています。採用広報で「働き方改革・ワークライフバランス」をアピールした企業は充足率100%以上を達成した割合が高く、そうでない企業との間に20ポイント以上の差が生じたとするデータもあります。
「採用して終わり」ではなく、「採用した人材をいかに定着させるか」という視点が経営戦略上ますます重要になっています。中堅企業ならではの機動力と距離感の近さを活かし、一人ひとりに寄り添った育成・支援体制を構築できるかが、今後の企業成長を左右するでしょう。
まとめ
新卒3年後の定着率ランキングは、単なる数字の羅列ではなく、各企業の人材に対する姿勢を映し出す鏡です。博展の社内公募制度、丹青社の手厚い研修体系、平田機工の報奨制度など、定着率トップ企業にはそれぞれ独自の工夫があります。
共通しているのは、キャリアパスの可視化、成長支援の充実、透明な評価制度、そして実効性のある働き方改革です。就職・転職を考える方は、企業規模やブランドだけでなく、こうした「人を大切にする仕組み」に注目してみてください。また人事担当者にとっては、自社の定着施策を見直し、若手社員が「ここで働き続けたい」と思える環境づくりに取り組む契機となるはずです。
参考資料:
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