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キャリア形成に熱心な企業ランキングの注目ポイント

by 佐藤 理恵
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はじめに

人生100年時代を迎え、働く期間の長期化が現実のものとなるなか、企業が従業員のキャリア形成をどこまで支援できるかが経営課題として浮上しています。技術革新のスピードが加速し、一度身につけたスキルだけでは対応しきれない時代に、社員の成長を後押しする仕組みの有無が企業の競争力を左右するようになりました。

こうした背景のもと、「長期的視点」「自律的学び」「社会への貢献」の3軸で企業を評価する「プラチナキャリアランキング」が注目を集めています。本記事では、ランキング上位に名を連ねた企業の具体的な取り組みを財務・経営戦略の視点から分析し、人材投資がどのように企業価値と結びついているのかを探ります。

プラチナキャリアの概念と評価の仕組み

三菱総合研究所が提唱するキャリアの新基準

「プラチナキャリア」とは、三菱総合研究所(MRI)が2018年に打ち出したコンセプトです。その定義は「人生100年時代、働く期間が長くなるなかで、長期的な視点に立ち、自己の成長や所属する企業の発展、さらには社会への貢献を目指し、年齢によらず自律的な学びと経験を通じてスキルを磨き、積み上げていくキャリア」とされています。

この考え方を数値化したのがプラチナキャリアランキングです。評価の基礎データには「CSR企業総覧(雇用・人材活用編)」および「CSR企業総覧(ESG編)」が用いられています。企業の取り組みを「長期的視点」「自律的学び」「社会への貢献」の3つの観点からスコアリングし、総合ポイントで順位を決定する方式です。

投資指標としての側面

このランキングのデータは、「iSTOXX MUTB Japan プラチナキャリア150インデックス」の基礎としても活用されています。同指数は三菱UFJ信託銀行とドイツ取引所グループ傘下のSTOXXが共同開発したもので、STOXX Japan 600構成銘柄のうちプラチナキャリアスコアが高い150社を選定して組み入れています。人的資本への投資が株式市場における評価指標としても機能し始めている点は、投資家にとっても見逃せない動きです。

首位・東京海上HDの強さを支える人材戦略

社会貢献で最高評価を獲得

ランキング1位に輝いたのは東京海上ホールディングスです。総合ポイントは95.6点で、3つの評価軸のうち「社会への貢献」で最高得点を記録しました。保険業という「People’s Business」を標榜する同社は、「人」の力の最大化がパーパス実現に直結するという考え方を経営の根幹に据えています。

具体的な社会貢献活動として、自然災害の知見を活かした「ぼうさい授業」は2012年の開始以来、延べ約95,000人が受講しています。環境問題をテーマにした「みどりの授業」も2005年から展開され、延べ約60,000人の小学生が参加してきました。海外ではベトナムでの水難事故防止プログラムやインドネシアでの地震対応授業など、各国の社会課題に応じたカリキュラムを実施しています。

育成型人事考課と自律的キャリア支援

東京海上日動火災保険では、人事考課制度を単なる評価の場ではなく、人材育成の機会と位置づける「育成型人事考課制度」を運用しています。社員のコンピテンシーを客観的に観察・分析し、OJTや適性に合った配属を通じて成長を促す仕組みです。

年4回実施される「My Aspirationチャレンジ制度」では、直属の上司との面談を通じて、期待される役割や仕事の目標、今後のキャリア展望を議論します。社員が自らのキャリアを主体的に切り拓く「JOBリクエスト制度」も設けられており、希望する職務に手を挙げることでモチベーション向上と自己研鑽を促進する設計になっています。

さらに2023年4月にはTokio Marine Group Leadership Institute(TLI)を設立し、グループ経営を担うリーダーをグローバルベースで計画的に育成する体制を構築しました。

NTT西日本と住友生命の差別化された取り組み

NTT西日本:自律的学びで満点を記録

2位にランクインしたNTT西日本は、総合95.4点を獲得し、「自律的学び」の項目で満点を記録しました。同社の人材育成の基本理念は「『個』の自立がプロフェッショナルへの成長の原点」というものです。

注目すべきは「社内ダブルワーク制度」の存在です。業務時間の最大2割を使って社内の別業務を経験できるこの制度は、キャリア相談窓口の運営にも活用されています。相談員は半年ごとに総入れ替えされ、この取り組みに携わる協力者を継続的に増やすサイクルが回っています。相談員同士は毎月交流会を開催し、ケーススタディや対応事例の共有を通じて品質向上に努めています。

こうした取り組みが評価され、NTT西日本は厚生労働省主催の「グッドキャリア企業アワード2024」で大賞(厚生労働大臣表彰)を受賞しています。「知る、相談する、学ぶ、挑戦する」を4つの柱とする多面的なキャリア支援が高く評価されました。

住友生命:年功序列からの脱却と役割等級制度

3位の住友生命保険は、キャリア形成支援と人事制度改革を同時並行で進めている点が特徴的です。同社では4年目、6年目、8年目といった節目ごとに階層別研修を実施し、自身の強み・弱みの把握やキャリアデザインについて考える機会を設けています。自己啓発費用のサポートとして通信・通学講座やビジネススクール、社外セミナーの受講費用補助制度も整備されています。

2026年4月からは、中堅社員の年収を最大で5割引き上げる新たな人事制度を導入しました。年功序列色の強かった従来の「資格給」の割合を減らし、課長や部長などの役職に対する「役割給」の比率を高める設計です。主に30代以上の約4,000人が対象となっており、年齢にかかわらず能力やスキルを発揮して活躍すれば報酬が大幅に上がる仕組みへと転換しています。これはプラチナキャリアの理念である「年齢によらず自律的に活躍できる」環境づくりと軌を一にする動きです。

上位企業に共通する人材投資の要諦

経営戦略と人材戦略の一体化

ランキング上位企業に共通するのは、人材育成を福利厚生の一環としてではなく、経営戦略の中核として位置づけている点です。東京海上HDはTLIの設立によって経営人材の育成を制度化し、NTT西日本は社長が全30支店を訪問して経営戦略とキャリア支援策を直接発信しています。人材投資が経営トップのコミットメントに裏打ちされていることが、ランキング上位に入るための重要な条件となっています。

2026年3月に改訂された「人的資本可視化指針」では、開示の重点が「指標の網羅性」から「経営戦略との連動性」へと転換されました。企業には「なぜその人材戦略が必要なのか」「それが企業価値にどうつながるのか」というストーリーの構築が求められるようになっています。ランキング上位企業は、こうした変化にすでに対応した人材施策を展開しているともいえます。

リスキリングとキャリア自律の両輪

もう一つの共通点は、トップダウン型のリスキリング推進とボトムアップ型の自律的学習を両立させている点です。リスキリングに取り組む企業の目的として最も多いのは「社員のスキル向上・キャリア開発支援」とされており、DX推進のためのデジタル人材育成と、社員一人ひとりの主体的なキャリア設計を同時に進める姿勢が鍵となっています。

NTT西日本のデジタル人材育成プログラムや、住友生命のスキルアップ報奨金制度はその好例です。学びの環境を整えるだけでなく、学んだスキルを実際に活かせるポストやプロジェクトを用意することで、インプットとアウトプットの循環を生み出しています。

注意点・展望

ランキング評価の限界

プラチナキャリアランキングはCSR企業総覧のデータに基づいて算出されるため、開示情報が充実している大企業が有利になる傾向があります。中堅・中小企業のなかにも優れたキャリア支援を行っている企業は存在しますが、情報開示の体制が整っていない場合はランキングに反映されにくい構造です。ランキングを参考にする際は、この点を考慮に入れる必要があります。

人的資本経営の今後

2026年3月期から人的資本開示の拡充が求められるようになり、企業は人材投資の中身と成果をより具体的に説明する責任を負うことになりました。単に研修制度や資格取得支援の有無を列挙するのではなく、「経営戦略にどう結びついているか」「投資対効果はどう測定しているか」といった踏み込んだ説明が求められます。

今後は「総報酬(トータル・リワード)」の観点から、月給や賞与だけでなく、リスキリング機会や株式報酬、福利厚生も含めた処遇全体の魅力を発信する企業が増えていくと考えられます。企業と個人が「選び、選ばれる関係」を築くことが、人的資本経営の本質であるという認識が広がりつつあります。

まとめ

プラチナキャリアランキングは、企業の人材投資の質を「長期的視点」「自律的学び」「社会への貢献」という3軸で可視化する試みです。1位の東京海上HDは社会貢献活動と育成型人事制度の両面で高い評価を受け、2位のNTT西日本は社内ダブルワーク制度など独自の自律的キャリア支援が際立っています。3位の住友生命は年功序列からの脱却を図る人事制度改革とキャリア支援を両立させています。

ランキングの順位そのものに一喜一憂するのではなく、上位企業がどのような仕組みで社員の成長を支えているかを読み解き、自社や自身のキャリア戦略に活かすことが重要です。人的資本開示の拡充が進むなか、企業の人材投資への姿勢はますます透明化されていきます。転職や就職を検討する際の判断材料として、こうしたランキングを活用してみてはいかがでしょうか。

参考資料:

佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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