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高市政権の成長頼み財政試算で見えた金利前提と債務比率の危うさ

by 松本 浩司
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成長と財政を同時に語る新試算の焦点

内閣府が2026年6月24日の経済財政諮問会議に示した試算は、日本成長戦略の下で国内投資を押し上げれば、追加的な財政支出を続けても債務残高対GDP比をおおむね低下させられるという筋書きです。財政運営の物差しを基礎的財政収支だけでなく債務比率に移す議論が進む中、この試算は高市政権の経済財政運営を読むうえで重要な材料です。

ただし、結論だけを受け取ると危うい面があります。債務比率は分母の名目GDP、分子の借金、そして利払いを左右する金利の三つで動きます。成長率が少し下振れし、金利が少し上振れするだけで、試算の景色は変わります。本稿では、内閣府資料、財務省予算資料、日本銀行の金融政策判断、IMFの世界経済見通しなどを照合し、成長と財政の両立に潜む前提の弱さを点検します。

年10兆円支出と投資拡大が描く楽観経路

追加財政支出に置かれた機械的前提

6月試算の出発点は、2027年度以降に毎年度実質ベースで10兆円の追加財政支出を行うという設定です。内閣府は、官民投資スケジュールや危機管理投資・成長投資の具体的内容が現時点で特定しきれないため、機械的に置いた前提だと説明しています。さらに、この10兆円はその後、非社会保障歳出と同じように物価・賃金上昇率並みに増える想定です。

ここで注意すべき点は、支出の中身がまだ固まっていないことです。試算では公需と、企業の資本コストを下げる補助金が半分ずつとされています。つまり、公共事業的な需要効果と、民間投資を誘発する供給力強化の効果を一つのモデルに入れています。政策が成功すれば成長率を押し上げますが、支出が単なる需要追加にとどまれば、債務の分子だけが確実に増えます。

この試算は、複数年度で財源を確保した別枠管理分の扱いにも特徴があります。GX債などのように償還財源を伴うつなぎ国債は、経済指標には効果を反映しながら、公債等残高やPBなどの財政指標からは除く設計です。財政規律を確認するには合理的な整理でもありますが、読者は「財政指標に入る支出」と「経済効果だけ入る支出」が分かれている点を見落としてはいけません。

TFP上昇率に依存する成長戦略実現ケース

内閣府は三つのケースを置いています。成長戦略実現ケース1では、追加支出による需要増に加え、官民投資ロードマップ、研究開発投資、生産資源配分の効率化などが十分に効くとされます。この場合、全要素生産性、つまりTFP上昇率は5年程度で1.1%、さらに5年程度で1.4%まで高まる想定です。

成長戦略実現ケース2では、TFP上昇率は5年程度で1.1%まで上がった後、横ばいになります。現状投影ケースでは、直近の景気循環から足元までの平均である0.6%程度に収れんする前提です。数字の差は小さく見えますが、15年の複利で見ると、潜在成長率、税収、債務比率を大きく分けます。

内閣府の参考資料は、AI導入でTFP上昇率が0.2%ポイント程度押し上げられる、資本の若返りで0.1%ポイント程度押し上げられる、といった積み上げを示しています。理屈は分かりやすい一方、企業が本当に投資を前倒しし、技術が現場に定着し、賃金と価格に波及するまでには時間差があります。マクロ経済の記者が最も警戒するのは、この「政策を決めた時点」と「生産性が上がる時点」のずれです。

官民投資370兆円超の重み

成長戦略の土台には、戦略17分野、62の主要製品・技術に関する官民投資ロードマップがあります。内閣府資料では、2040年度までの累計官民投資額を現時点で370兆円超としています。AI・半導体、デジタル、情報通信、量子、防衛産業、航空宇宙、創薬、GX、コンテンツなどを横断する大きな構想です。

6月試算では、成長戦略実現ケース1なら国内民間設備投資が2040年度に230兆円超、名目GDPは1100兆円に近づく姿です。ケース2でも設備投資は220兆円程度、名目GDPは1040兆円程度とされています。現状投影ケースでは設備投資が170兆円程度、名目GDPが900兆円程度にとどまります。

この差が債務比率の分母を決定します。名目GDPが伸びれば、同じ債務残高でも比率は下がります。問題は、370兆円超の投資見通しが企業ヒアリングや市場の伸び率を積み上げた現時点の想定であり、今後さらに精緻化すると明記されていることです。投資額が計画通りでも、輸入設備や海外利益に漏れれば国内付加価値への寄与は薄まります。財政試算は、投資の量だけでなく、国内でどれだけ生産性を生むかに賭けています。

金利上昇が債務比率を押し戻す力学

長期金利2.6%から始まる重い制約

債務比率の議論では、成長率と金利の差が核心です。名目成長率が実効金利を上回り、基礎的財政収支が悪化しなければ、債務残高対GDP比は下がりやすくなります。反対に、金利が成長率に近づくか上回ると、利払いが債務を押し上げ、同じ財政努力でも比率低下が難しくなります。

6月試算は、2026年度の長期金利を2.6%と想定しています。これは2026年5月平均が年度末まで続いた場合の年度平均値という扱いです。歴史的に見れば日本の国債金利として高い水準ではありませんが、超低金利に慣れた財政にとっては重い出発点です。

日本銀行は2026年6月16日の金融政策決定会合で、無担保コールレートを1.0%程度で推移させる方針へ変更しました。声明では、基調的な物価上昇率が2%に近づく中で、経済・物価・金融情勢に応じて引き続き政策金利を引き上げる可能性にも触れています。日銀が明示した方向は、少なくとも財政側にとって「低金利が自動的に続く」とは言えないことを意味します。

金利上昇はすぐに全債務へ波及するわけではありません。既発国債の利率は満期まで固定されるため、平均利払い費はゆっくり上がります。しかし、国債残高が大きい国ほど、借り換えのたびに新しい金利が積み上がります。財務省の2026年度予算では国債費が31.3兆円規模に達し、前年度当初比で3兆円超増えています。金利の小さな上振れが、数年後の歳出硬直化につながる構造です。

PB黒字でも残る財政収支赤字

内閣府の6月試算では、成長戦略実現ケース1と2の国・地方PB対GDP比は、短期的に赤字になった後、2028年度以降に黒字化し、2030年代半ばまでは黒字幅が拡大するとされます。ここだけ見れば、財政健全化は前進しているように見えます。

しかし同じ資料は、国・地方の財政収支対GDP比について、成長戦略実現ケースでも2040年度にかけて赤字幅が緩やかに拡大すると示しています。PBは利払いを除いた収支です。PBが黒字でも、利払いが増えれば財政収支は赤字のまま残ります。金利上昇局面では、この違いが決定的です。

1月の中長期試算でも、成長移行ケースでは債務比率が着実に下がる一方、過去投影ケースでは2030年代前半に上昇へ転じる姿でした。6月試算では、追加支出を入れたうえで、成長戦略実現ケース2でも2030年代半ばに債務比率が上昇へ転じ、現状投影ケースでは2030年度頃から上昇に転じるとされています。十分な成長が実現すれば低下する、という結論は、十分な成長が実現しなければ崩れるという条件文でもあります。

国際環境が金利と成長を同時に揺らす局面

金利前提の難しさは、国内だけで完結しません。IMFの2026年4月世界経済見通しは、中東での戦争が成長とインフレ鈍化を妨げるリスクを指摘し、世界成長率を2026年3.1%、2027年3.2%と見込んでいます。公的債務の高さと政策信認の低下が脆弱性を高めるという警告もあります。

日本銀行の4月展望レポートも、原油価格上昇が企業収益や家計の実質所得を下押しする一方、消費者物価を押し上げると分析しています。これは財政試算にとって扱いにくい組み合わせです。物価上昇は名目GDPを押し上げる一方で、金利上昇と実質所得の悪化を通じて民間需要を弱めます。

さらに、AI投資への期待が世界的に高まるほど、期待が剥落した場合の市場調整も大きくなります。IMFはAIによる生産性上昇が速く実現すれば上振れ要因になる一方、その期待の見直しは金融市場を不安定化させ得ると見ています。日本の試算がAI導入や大規模設備投資を成長率の柱にする以上、国際金融市場のリスク評価と無縁ではいられません。

人口減少と市場信認が削る試算の余白

試算のもう一つの弱点は労働投入です。6月資料は、少子高齢化の進展で2040年度にかけて労働投入量のマイナス寄与が拡大し、特に現状投影ケースで潜在成長率低下の影響が表れると説明しています。JILPTの2023年度版労働力需給推計でも、労働参加が進まない場合、労働力人口は2022年の6902万人から2040年に6002万人へ減る見通しです。

もちろん、成長実現・労働参加進展シナリオでは、2040年の労働力人口は6791万人と減少幅が縮小します。女性や高齢者の就業参加、リスキリング、外国人材、AIやロボットによる省人化が進めば、労働制約は緩みます。ただし、それらは財政支出を増やせば自動的に実現するものではありません。保育、介護、医療、住宅、地域交通といった生活基盤の制約が残れば、労働供給は期待ほど増えません。

市場信認も余白を削ります。高市政権の試算は、債務残高対GDP比を安定的に低下させることを中核に置きます。この考え方自体は、名目成長が戻る局面では現実的です。しかし、財政指標の中心をPBから債務比率へ移すほど、市場は金利と成長率の前提を細かく点検します。財政規律が緩んだと受け止められれば、国債利回りは試算より高くなり、その高い金利が財政をさらに悪化させる循環を招きます。

財務省の2026年度予算資料は、新規国債発行を29.6兆円、公債依存度を24.2%とし、一般会計当初予算のPB黒字化を28年ぶりと説明しています。これは短期の規律を示す材料です。一方で、6月の補正予算、恒常的施策の当初予算化、新たな投資枠の創設が重なると、投資と歳出膨張の境界は見えにくくなります。市場が見たいのは「支出の名目」ではなく、成長率を上げる支出と恒久財源の対応関係です。

読者が点検すべき三つの財政指標

今回の内閣府試算を読む際は、第一に名目GDP成長率を確認すべきです。成長戦略実現ケース1は中長期的に3%台半ば、ケース2は3%程度、現状投影ケースは2%程度です。名目成長率がこの線を下回れば、債務比率低下の余地は狭まります。

第二に、長期金利と国債費です。2026年度の長期金利想定2.6%は、すでに財政にとって低すぎるとは言えない水準です。日銀が政策金利をさらに調整する局面では、長期金利がどの程度まで財政試算に織り込まれているかが重要になります。

第三に、PBと財政収支を分けて見ることです。PB黒字は健全化の必要条件ですが、利払いを含む財政収支が悪化すれば、債務の持続可能性は揺らぎます。成長戦略そのものを否定する必要はありません。むしろ必要なのは、投資が生産性を上げたか、恒久歳出に恒久財源があるか、金利上昇に耐える余裕があるかを、年ごとに検証する姿勢です。財政の安心感は、楽観的な一本線の試算ではなく、下振れ時にも崩れない制度設計から生まれます。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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