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普通の結婚が遠のく日本で所得停滞と雇用不安が生む家族危機の深層

by 松本 浩司
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結婚意思より重い所得制約の現在地

日本で結婚が減っている理由を「若者の恋愛離れ」や「価値観の変化」だけで説明すると、問題の中心を見誤ります。国立社会保障・人口問題研究所の第16回出生動向基本調査では、18〜34歳の未婚者のうち「いずれ結婚するつもり」と答えた割合は男性81.4%、女性84.3%でした。前回より低下したとはいえ、多くの若者が結婚そのものを拒んでいるわけではありません。

むしろ焦点は、結婚したい人が「普通に」結婚へ進める経済条件を失っていることです。婚姻届を出すだけなら費用は小さいものの、共同生活を始め、住宅を確保し、子どもを持つ可能性を織り込む段階で、所得、雇用、時間、家事育児の分担が一気に問われます。結婚は個人の感情だけでなく、家計と労働市場の制度に支えられた長期契約でもあります。

本稿では、婚姻件数、出生動向基本調査、労働力調査、賃金構造基本統計、毎月勤労統計を突き合わせます。見えてくるのは、結婚願望の消滅ではなく、結婚を「合理的に選びにくい」マクロ経済環境です。普通の暮らしが遠のいた理由は、恋愛観の変化よりも、将来所得の見通しが細ったことにあります。

「普通」とは、豪華な結婚式や郊外の一戸建てを必ず持つことではありません。病気、失職、出産、介護といった人生の変動があっても、二人で生活を維持できるという最低限の見通しです。この見通しが不確かになるほど、結婚は幸福の入り口ではなく、リスクを増やす選択として認識されます。

婚姻減少を映す統計と家族形成の細道

婚姻件数の小幅回復が示す限界

厚生労働省の2024年人口動態統計によると、婚姻件数は48万5092組でした。前年の47万4741組から1万351組増え、婚姻率も人口千対4.0へ上昇しました。一見すると底打ちに見えますが、かつて婚姻件数が70万組台で推移していた時期と比べれば、家族形成の入り口は明らかに狭くなっています。

同じ統計で出生数は68万6173人、合計特殊出生率は1.15と過去最低でした。日本では婚外出生が限定的で、出生の多くが婚姻後に集中します。そのため、婚姻件数の減少は、時間差を伴って出生数に反映されやすい構造です。少子化対策を子育て給付だけに寄せると、結婚前の段階で止まっている層を取りこぼします。

重要なのは、2024年の婚姻回復が「普通の結婚」の復元を意味しない点です。コロナ禍で先送りされた結婚の一部が戻った可能性はありますが、若年層が安心して世帯を形成できる賃金水準や雇用の安定が十分に戻ったわけではありません。婚姻統計の小幅改善と出生率の低下が同時に起きている事実は、結婚後の子どもを持つ判断にも強い制約が残ることを示しています。

結婚をめぐる議論では「個人が自由を選んだ」という説明が便利です。たしかに結婚しない選択を尊重する社会になったことは重要です。しかし、自由な選択と、経済的に選べない状態は別物です。婚姻数の変化を読むには、価値観の多様化と所得制約を切り分ける必要があります。

また、婚姻件数の低迷は個人の問題にとどまりません。世帯形成が遅れると、耐久消費財、住宅、教育、地域サービスへの需要も変わります。家族を持つ人が減れば、保育や学校を支える地域人口も細り、さらに若い世代が暮らしにくくなる循環が生まれます。婚姻統計は人口問題であると同時に、内需の先行指標でもあります。

独身者調査が示す願望と障害の併存

出生動向基本調査は、若者が結婚を全面的に拒否していないことを示しています。18〜34歳未婚者で「一生結婚するつもりはない」と答えた割合は男性17.3%、女性14.6%でした。増加傾向ではありますが、多数派はなお結婚を選択肢として残しています。

同調査で注目すべきは、結婚相手の条件です。男性が女性の経済力を「重視または考慮する」割合は48.2%へ上昇し、女性が男性の家事・育児の能力や姿勢を重視する割合は70.2%に達しました。これは、専業主婦モデルから共働きモデルへ単純に移ったというより、片働きでは家計が成立しにくくなった現実を反映しています。

結婚の障害として繰り返し挙がるのは、出会いの不足だけではありません。結婚資金、住居、職業上の問題は、婚姻前の若者にとって現実的な壁です。恋愛感情があっても、引っ越し費用、家賃、家具、式や写真、将来の出産・育児費用を考えると、判断は慎重になります。家族形成は、気持ちの問題から家計の問題へ移る瞬間に難度が上がります。

この点は国際経済の視点でも重要です。先進国では実質賃金の伸び悩み、住宅費の上昇、若年層の雇用不安が家族形成を遅らせる傾向があります。日本の場合はそこに、長期雇用と年功賃金を前提にした家族モデルの名残が重なります。制度の側は「安定した正社員男性」と「家庭を担う女性」を長く想定してきましたが、実際の若者の所得と働き方はすでにその型から外れています。

雇用と賃金が狭める普通の生活圏

男性の就業形態に表れる結婚意思の差

出生動向基本調査では、一年以内に結婚する意思のある未婚男性の割合が就業形態で大きく異なります。正規の職員や派遣・契約社員などでは6割前後が結婚意思を示す一方、パート・アルバイトでは37.6%、無職・家事では25.3%にとどまりました。女性では就業形態による差が男性ほど大きくないため、男性の雇用安定が婚姻判断に強く結びついている構図が読み取れます。

これは「男性は稼ぐべきだ」という古い規範だけの問題ではありません。住宅ローン、賃貸契約、出産時の収入減、育児期の保育費用を考えると、世帯収入の安定性が結婚の前提になりやすいのです。結婚市場では、個人の魅力に加えて、将来のキャッシュフローが評価されます。低所得や不安定雇用は、本人の努力不足ではなく、契約上のリスクとして扱われてしまいます。

総務省の労働力調査では、2025年平均の非正規の職員・従業員は2128万人でした。うち男性は678万人、女性は1450万人です。非正規を選ぶ理由として「自分の都合のよい時間に働きたいから」が最多ですが、「正規の職員・従業員の仕事がないから」とする人も男女計で173万人います。柔軟な働き方と、やむを得ない不安定就業は同じ非正規の中に併存しています。

結婚のしやすさを左右するのは、単なる雇用者数ではありません。若年期に安定雇用へ入れなかった人が、その後も賃金カーブに乗りにくいことです。日本の住宅、教育、社会保障は、長く勤めれば賃金が上がるという期待を前提に設計されてきました。その期待が弱まるほど、20代後半から30代前半の結婚判断は先送りされます。

実質賃金と非正規格差が奪う将来設計

賃金構造基本統計調査は、結婚を難しくする所得の段差を明確に示します。2024年の一般労働者の賃金は、正社員・正職員が月34万8600円だったのに対し、正社員・正職員以外は23万3100円でした。雇用形態間の賃金格差は、正社員・正職員を100とすると66.9です。

30〜34歳に限ると、男女計で正社員・正職員は30万8500円、正社員・正職員以外は22万1900円でした。男性では正社員・正職員が32万2900円、正社員・正職員以外が23万2800円です。この年齢層は結婚、出産、住宅選択が重なりやすい時期です。月8万〜9万円の差は、貯蓄速度、居住地域、子どもを持つ時期を大きく変えます。

さらに、名目賃金が上がっても物価上昇に追いつかなければ、家族形成の余力は増えません。毎月勤労統計の2025年分結果速報では、現金給与総額は名目で増えた一方、実質賃金指数は前年を下回りました。賃上げの見出しが並んでも、食料、光熱、家賃、サービス価格が上がれば、若い世帯の可処分所得は伸びにくいままです。

ここにマクロ経済のねじれがあります。企業収益や株価が改善しても、その成果が若年層の安定所得に厚く配分されなければ、婚姻数は力強く戻りません。家族形成は、将来の所得見通しに対する投資判断です。賃金が物価に負け、雇用形態で所得格差が残る限り、結婚は「いつかしたいこと」から「今は危ない選択」へ変わります。

所得制約は心理にも作用します。相手に迷惑をかけたくない、子どもに十分な教育を受けさせられるか不安だ、親の介護や自分の老後まで考えると踏み切れない。これらはぜいたくな悩みではありません。低成長と高齢化のなかで、若者が家計のリスクを前倒しで計算するようになった結果です。

物価上昇の経路も見逃せません。日本は食料、エネルギー、原材料の多くを海外に依存しており、為替や国際商品市況の変化が家計に届きやすい構造です。賃上げが一部の大企業や専門職に偏れば、輸入インフレの負担は若年・非正規・地方の世帯ほど重くなります。結婚を妨げるのは国内の雇用慣行だけでなく、グローバルな価格変動に弱い所得構造でもあります。

このため、少子化を「国内の家族観」だけで語るのは不十分です。国際経済の変動が家計の実質購買力を削り、その結果として結婚や出産の時期が遅れるという経路があります。若者の恋愛観が同じでも、実質所得が下がれば選べる住まい、働き方、子どもの数は変わります。マクロ環境の悪化は、個人の選好を静かに書き換えます。

家計負担と性別分業が残す政策課題

家族形成の壁は、所得だけでなく時間にもあります。出生動向基本調査では、女性が結婚相手に家事・育児の能力や姿勢を重視する割合が大きく上昇しました。これは、女性が単に理想を高くしたという話ではありません。共働きが前提になるほど、家事と育児を片方に寄せる結婚は、もう持続しにくいという判断です。

日本の政策課題は、結婚支援と子育て支援を分断しないことです。出会いの場を増やす施策には意味がありますが、低賃金、不安定雇用、住宅費、長時間労働、家事育児の偏りを放置すれば、マッチング後に生活設計が止まります。婚姻数を増やしたいなら、若年層の実質所得を底上げし、賃貸住宅や保育、育休取得、転職後の賃金形成を一体で見なければなりません。

財政政策の観点では、給付金だけでは限界があります。出産後の手当を厚くしても、結婚前の不安定雇用を抱える人には届きにくいからです。必要なのは、若年労働者が将来所得を読める賃金体系、男女ともに育児でキャリアを失いにくい労働市場、単身から夫婦、夫婦から子育て世帯へ移りやすい住宅政策です。

企業にも責任があります。採用時の正規・非正規の分断、若年期の低賃金、長時間労働を当然視する職場は、従業員の結婚や出産の選択を狭めます。人的資本投資を掲げるなら、研修や評価制度だけでなく、生活を組み立てられる賃金と時間を提供することが必要です。家族形成は福利厚生ではなく、労働供給を支える社会基盤です。

地方政策の設計も問われます。家賃が高い大都市では住居費が壁になり、地方では安定した雇用や出会いの機会が不足しやすい傾向があります。どちらも「若者の気持ち」ではなく、地域の産業構造と生活インフラの問題です。移住支援や結婚支援を単発で行っても、働ける職場、住める住宅、預けられる保育がそろわなければ、世帯形成の継続性は生まれません。

普通の結婚を取り戻すための視点

日本人が普通に結婚できなくなった理由は、恋愛への関心が消えたからではありません。結婚したい人が多数派でありながら、所得、雇用、住宅、時間の条件がそろわないため、結婚を先送りする合理性が強まったのです。これは個人の気分ではなく、低成長経済の帰結です。

読者が注視すべき指標は、婚姻件数そのものだけではありません。若年層の実質賃金、30代前半の雇用形態別賃金差、非正規から正規への移行、住宅費、男性の育児参加、女性の就業継続率を合わせて見る必要があります。結婚市場は人口統計であると同時に、労働市場と家計の鏡です。

「普通の結婚」を取り戻すとは、全員に同じ家族像を求めることではありません。結婚したい人が経済的不安で諦めず、結婚しない人も尊重される社会にすることです。そのためには、価値観論で若者を語るより、若者が将来を計算できる賃金と制度を整える方がはるかに実効的です。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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