人口減少日本の少子化政策に欠けた初婚率と無子率の二つの重要論点
出生数68万人時代の少子化論点
日本の少子化は、もはや「合計特殊出生率が低い」という一つの数字だけでは説明できない段階に入っています。厚生労働省の2024年人口動態統計月報年計によると、出生数は68万6061人、合計特殊出生率は1.15でした。死亡数は160万5298人で、自然増減は91万9237人の減少です。人口減少は将来の不安ではなく、すでに毎年の社会構造を変える現実です。
出生率を上げる議論では、しばしば「すでに子どもを持つ家庭が、もう1人産み育てやすい環境」が重視されます。保育、教育費、育休、住宅の支援はもちろん重要です。ただし、出生数は「子どもを持つ人が何人産むか」だけでなく、「そもそも子どもを持つ生活に入る人がどれだけいるか」にも左右されます。ここを見落とすと、政策の焦点は後半だけに偏ります。
本稿では、出生率、婚姻数、50歳時未婚割合、無子率、CPMという見方を組み合わせ、人口が減り続ける日本で何が政策課題として残されているのかを整理します。個人に結婚や出産を迫る話ではありません。希望する人が、経済、健康、出会い、働き方の壁で選択を諦めない社会設計の話です。
出生率だけでは見えない未婚化の影響
合計特殊出生率の便利さと弱点
合計特殊出生率は、15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計し、その年の出生行動が続いた場合に1人の女性が生む子どもの数に相当する指標です。年次比較に便利で、政策目標にも使いやすい一方で、出生がどこで減っているのかを一つの数字に畳み込んでしまう弱点があります。
2024年の1.15という数字は過去最低水準ですが、これだけを見ても、既婚夫婦の子ども数が減ったのか、結婚する人が減ったのか、結婚と第1子出産の年齢が上がったのかは分かりません。少子化対策を現実に動かすには、出生率を分解して見る必要があります。
こども家庭庁の2025年版こども白書は、日本の少子化の主な要因として、女性人口の減少、未婚化と晩婚化、有配偶出生率の低下を挙げています。つまり、出生率低下は「子育て世帯への支援不足」だけでなく、結婚や出産の入口が細っている問題でもあります。
この視点は、健康・ライフスタイルの観点からも重要です。初婚年齢と第1子出生年齢が上がるほど、妊娠を希望した時期と身体的に妊娠しやすい時期がずれやすくなります。出生動向基本調査では、不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は22.7%に上りました。妊娠や不妊の知識は、女性だけでなく男性も含めた生活設計の情報として扱うべきです。
婚姻数48万組が示す入口の細り
2024年の婚姻件数は48万5063組で、前年より1万322組増えました。増加は明るい材料に見えますが、第2次ベビーブーム期に年間100万組を超えていた時期と比べれば、入口の規模は半分以下です。2023年の婚姻件数47万4741組は、こども白書でも第2次ベビーブーム期の半数程度と説明されています。
出生と婚姻が強く結びついてきた日本では、婚姻件数の減少は、そのまま将来の出生数の上限を押し下げます。2024年の平均初婚年齢は夫31.1歳、妻29.8歳でした。第1子出生時の母の平均年齢は31.0歳です。結婚が遅れれば、希望する子ども数を持つまでの時間も短くなります。
ここで重要なのは、若い世代が結婚を全く望まなくなったわけではないことです。第16回出生動向基本調査では、18~34歳の未婚者で「いずれ結婚するつもり」と答えた割合は男性81.4%、女性84.3%でした。水準は低下していますが、依然として8割を超えます。問題は希望そのものの消滅ではなく、希望が行動に移るまでの距離が伸びている点です。
25~34歳の未婚者が独身でいる理由では、男女とも「適当な相手にまだめぐり会わない」が最多です。男性では結婚資金、女性では自由さや趣味を失いたくないという理由も目立ちます。所得、時間、出会い、価値観の複合問題を、単純な給付金だけで解くのは難しいといえます。
無子率とCPMで読む出生回復の限界
50歳時未婚割合の急上昇
少子化を考えるうえで、無子率は避けて通れません。無子率とは、生涯を通じて子どもを持たない人の割合を示す考え方です。日本では婚外出生が限定的で、結婚と出産が制度的にも社会的にも強く結びついてきたため、50歳時未婚割合の上昇は、無子率上昇の大きな入口になります。
こども白書によると、2020年の未婚割合は男性30~34歳で47.4%、35~39歳で34.5%でした。女性では30~34歳が35.2%、35~39歳が23.6%です。50歳時未婚割合も長期的に上昇し、図表では2020年に男性28.32%、女性17.8%が示されています。若年期の未婚化は、やがて中年期の未婚化として固定されやすい構造です。
この数字を前にすると、「いま子どもがいる夫婦に第2子、第3子を」という政策だけでは出生数の底上げに限界があることが分かります。もちろん、子育て世帯の追加出生を支える政策は必要です。しかし、結婚や第1子出産に至る人の母数が縮小し続ければ、1世帯当たりの支援を厚くしても全国の出生数は伸びにくくなります。
都道府県差も、出生率だけでは読みにくい論点です。2024年の合計特殊出生率は全国1.15に対し、東京は0.96、沖縄は1.54でした。都市部は雇用機会が多い一方で、住宅費、通勤時間、保育資源、孤立しやすい暮らし方が結婚や出産のタイミングに影響します。地方は出生率が相対的に高い地域もありますが、若年人口の流出で出生数そのものは伸びにくい地域があります。
CPMが示す「もう1人」政策の限界
CPMは、ここではChildren per Mother、つまり子どもを持った女性1人当たりの子ども数を捉える発想として使います。公的統計の標準用語として固定された指標ではありませんが、無子率と組み合わせると、少子化の構造を直感的に理解できます。総出生力は、おおまかに「子どもを持つ人の割合」と「子どもを持った人が何人持つか」の掛け算で動くからです。
第16回出生動向基本調査では、妻45~49歳夫婦の最終的な平均出生子ども数は1.81人でした。夫婦の平均予定子ども数は2.01人です。つまり、結婚した夫婦の側では、希望と実績に差があるとはいえ、完全に子どもを持たなくなっているわけではありません。一方で、未婚化が進むと、夫婦内の出生力だけでは全体の出生率を押し上げにくくなります。
人口モデルの研究でも、合計特殊出生率を婚姻への移行と婚姻内出生力の積として捉える試みがあります。2025年に公開された稲葉寿・小西祥子氏のモデル研究は、日本の人口動態統計を用い、TFRを総婚姻数と婚姻内出生力の積として表現できると示しています。これは、結婚の入口を無視した出生率対策が不十分になりやすいことを裏づける見方です。
たとえば2024年の婚姻件数48万5063組を5%増やすと、単純計算で約2万4千組です。妻45~49歳夫婦の平均出生子ども数1.81人を機械的に掛ければ、長期的には約4万4千人分の出生ポテンシャルに相当します。もちろん、再婚を含む婚姻件数であること、年齢構成、不妊、価値観、経済条件によって実現数は大きく変わります。それでも、入口の5%改善が持つ意味は小さくありません。
重要なのは、この試算を「結婚せよ」という圧力に使わないことです。結婚しない自由、子どもを持たない自由は尊重されるべきです。政策が目指すべきなのは、結婚や出産を望む人が、所得不安、長時間労働、出会いの不足、健康情報の不足で希望を諦めない環境です。
結婚支援を政策化する際の三つの条件
所得と住まいを含めた出会いの設計
結婚支援という言葉は、ともすると自治体の婚活イベントだけを連想させます。しかし、現代の結婚支援は、出会いの場だけでは足りません。若い世代の雇用の安定、可処分所得、家賃負担、転勤や長時間労働の慣行、共働き前提の家事・育児分担まで含めた生活基盤の支援でなければ効果は限定されます。
こども家庭庁は2025年版こども白書で、若い世代のライフデザインや出会いのサポートを特集し、15~39歳の男女2万人を対象にした調査や、若者の意見聴取を踏まえた議論を紹介しています。地域少子化対策重点推進交付金では、自治体によるライフデザイン支援や官民連携の結婚支援を重点メニューとして支援する方向が示されました。
出生動向基本調査では、2018年7月から2021年6月に結婚した初婚どうしの夫婦の13.6%が、SNSやアプリなどを含む「ネットで」知り合っていました。従来の職場、友人、学校を経由した出会いが弱まるなか、オンラインの出会いは例外ではなくなっています。政策はこの変化を前提に、安全性、透明性、相談体制を整える必要があります。
ただし、マッチングアプリを普及させれば解決するという話でもありません。所得が不安定で、住居費が重く、家事・育児の負担が片側に偏ると見込まれるなら、交際から結婚への移行は止まります。女性が結婚相手に家事・育児の能力や姿勢を重視する割合は70.2%に上昇しました。男性が女性の経済力を重視または考慮する割合も48.2%に増えています。結婚は依存の制度ではなく、生活を共同で設計する選択になっています。
健康情報としてのプレコンセプションケア
少子化対策に健康情報を入れる際には、慎重さが必要です。妊娠の適齢期を強調しすぎると、個人、とくに女性への圧力になりかねません。一方で、妊娠前から男女が自分の体、将来の妊娠、不妊、生活習慣、疾患管理について知ることは、望むライフプランを守るための健康リテラシーです。
2025年版こども白書は、プレコンセプションケアを性と健康に関する正しい知識の普及と相談支援の一つとして扱っています。出生動向基本調査が示すように、不妊の検査・治療を受けたことのある夫婦は4.4組に1組です。晩婚化、晩産化が進むなかで、妊娠や不妊の情報を学校教育、職場、地域医療、自治体相談に接続する意義は大きくなっています。
健康支援は、出生数を増やすためだけの道具ではありません。月経、避妊、性感染症、慢性疾患、メンタルヘルス、男性不妊を含め、将来の妊娠を望む人にも望まない人にも役立つ情報です。こうした支援があるほど、出産を考える人は早く相談でき、考えない人も自分の健康を主体的に守れます。
今後の政策で問われるのは、結婚、妊娠、出産、子育てを一本道として押しつけない設計です。多様な選択を尊重しながら、希望する人に対しては、出会い、所得、住まい、健康、保育を切れ目なくつなぐ必要があります。出生率だけを追う政策は、この複雑さを取り逃がします。
人口減少下で読者が確認すべき指標
日本の将来推計人口では、2020年に1億2615万人だった総人口が、出生中位・死亡中位推計で2070年に8700万人へ減少すると見込まれています。65歳以上人口の割合は、2020年の28.6%から2070年に38.7%へ上がる推計です。人口減少は、医療、介護、教育、住宅、地域交通、税と社会保障の全てに影響します。
そのなかで読者が注視すべき指標は、合計特殊出生率だけではありません。婚姻件数、初婚年齢、第1子出生年齢、50歳時未婚割合、夫婦の予定子ども数、不妊治療経験、地域別の若年人口流出を合わせて見る必要があります。企業なら転勤や長時間労働、自治体なら住宅と出会い支援、家庭なら健康情報と家計設計が論点になります。
「もう1人産む」支援は必要です。しかし、それだけでは少子化は止まりません。入口である結婚や第1子出産に至る人の母数、そして子どもを持たない人生が増える背景を丁寧に見なければ、政策は実態からずれます。少子化対策の核心は、出生率の数字を上げることではなく、希望するライフコースを現実に選べる社会条件を増やすことです。
参考資料:
- 厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況」
- 厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)統計表」
- 厚生労働省「令和5年(2023)人口動態統計月報年計(概数)の概況」
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(全国)」
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)結果の概要」
- 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」
- 国立社会保障・人口問題研究所「現代日本の結婚と出産 第16回出生動向基本調査 報告書 調査結果のポイント」
- 国立社会保障・人口問題研究所「現代日本の結婚と出産 第16回出生動向基本調査 報告書 夫婦調査」
- こども家庭庁「令和7年版こども白書」
- こども家庭庁「令和7年版こども白書 第2部第1章」
- こども家庭庁「令和7年版こども白書 特集② 若い世代の描くライフデザインや出会いのサポート」
- Inaba and Konishi, “A mathematical model of human population reproduction through marriage”
- Yanagimoto, “A Quantitative Model of Non-Marriage and Fertility: Bargaining over Leisure”
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