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インフラ人手不足が迫る水道・道路危機と日本の地域経済崩壊シナリオ

by 松本 浩司
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はじめに

道路、橋、水道、下水道は、景気が悪くなれば輸入で代替できる商品ではありません。地域に職人と技術者がいて、自治体が発注し、現場が動いて初めて維持される生活基盤です。だからこそ、若い世代が現場職を避ける動きは、単なる採用難ではなく、日本経済の供給能力そのものを細らせる問題です。

UZUZグループのZ世代調査では、ブルーカラー職種を「就職先としてまったく考えられない」とする回答が64.3%に達しました。施工管理職を20代で年収500万円が狙える条件として提示しても、「希望する」は0%でした。本稿では、この意識変化を出発点に、インフラ老朽化、建設労働市場、自治体財政をつなげて読み解きます。

現場職離れが映す供給制約

年収だけでは動かない若年層

UZUZグループの調査は、既卒・第二新卒・新卒を含む20代男女457人を対象に実施されました。ブルーカラー職種について、条件や職種を問わず就職先として考えられないと答えた人は294人、全体の64.3%です。建設業の施工管理職を知っている人は70.5%に上る一方、労働環境の改善など前向きな変化を知っている人は21.9%にとどまりました。

最も象徴的なのは、20代で年収500万円を目指せるなら施工管理職を希望するかという問いです。「希望しない」が75.7%、「収入以外の条件も良いなら検討する」が24.3%で、「希望する」は0.0%でした。この結果は、賃金上昇だけでは職業イメージを反転できないことを示します。若者が避けているのは、給与水準だけでなく、危険、長時間労働、泥くささ、将来の生活設計との相性まで含む職業像です。

企業側には、賃上げをすれば応募者が戻るという前提が残りがちです。しかし、労働市場が人口減少局面に入った日本では、賃金は必要条件であって十分条件ではありません。休日、勤務地、成長機会、デジタル活用、安全性、社会的な意味づけがそろわなければ、若年層は別の産業を選びます。これは個人のわがままではなく、選択肢が多い世代の合理的な行動です。

高齢化する建設労働市場

建設業の担い手は、すでに量と年齢構成の両面で厳しい局面にあります。日本建設業連合会が総務省の労働力調査を基に整理したデータでは、2024年の建設業就業者数は477万人です。ピークだった1997年の685万人に比べ、約7割の規模まで縮小しています。建設技能者も、1997年の464万人から2024年には303万人へ減りました。

年齢構成も重い課題です。2024年の建設業就業者は55歳以上が約37%、29歳以下が約12%です。若年層が入らなければ、熟練技能の継承は途切れます。橋梁補修、漏水対応、下水道管の更生工事、災害復旧は、設計図と予算だけでは進みません。現場判断、段取り、周辺住民との調整、狭い道路での交通規制など、経験の蓄積が大きい仕事です。

厚生労働省の一般職業紹介状況では、2026年3月の有効求人倍率は全体で1.18倍、新規求人倍率は2.15倍でした。全体の求人倍率が横ばいから低下気味でも、建設現場では人手不足感が残ります。これは、求職者がいるかどうかだけでなく、必要な資格、経験、体力、安全教育を満たす人材が地域ごとに存在するかというミスマッチの問題です。

老朽化インフラの時間差危機

2040年に集中する更新需要

人手不足が深刻なのは、これから直す対象が増えるからです。国土交通省のインフラメンテナンス情報によると、建設後50年以上経過する道路橋は2023年3月時点で約37%でした。2030年3月には約54%、2040年3月には約75%に上昇する見通しです。対象は橋長2メートル以上の約73万橋です。

老朽化は橋だけではありません。トンネルは2023年の約25%から2040年には約52%、河川管理施設は約22%から約65%、港湾施設は約27%から約68%へ増えます。水道管路は総延長約74万キロメートルのうち、建設後50年以上の割合が2023年の約9%から2040年には約41%へ、下水道管渠は約49万キロメートルのうち約7%から約34%へ上がる見込みです。

ここで重要なのは、老朽化率が単なる統計ではない点です。橋の通行規制、道路陥没、漏水、断水、下水道の使用制限は、地域の物流、通勤、医療、学校、観光を止めます。インフラは、壊れた瞬間だけ問題になるのではありません。通行止めが長期化すれば、配送ルートは遠回りになり、燃料費と人件費が上がり、地域企業の採算を圧迫します。

道路と下水道に現れた警告

道路分野では、点検制度が進んだことで危険箇所は見えるようになりました。国土交通省は、2014年度から橋梁やトンネルなどを5年に1度、近接目視で点検する仕組みを運用しています。2023年度の道路メンテナンス年報では、1巡目点検で判定区分III・IVとなった橋梁について、国と高速道路会社の修繕等措置の着手率は100%でした。一方、地方公共団体は83%で、約2割が未着手でした。

同じ資料では、1巡目点検終了時と2巡目点検終了時を比べると、建設後50年を超えた橋梁数は約13万橋から約21万橋へ増えました。早期または緊急の措置が必要な橋梁は約6.9万橋から約5.6万橋へ減りましたが、老朽化する母数は増え続けています。つまり、点検と修繕で改善しても、時間の経過がそれを上回る圧力になります。

下水道では、埼玉県八潮市の道路陥没事故が警告になりました。国土交通白書2025は、2025年1月28日に流域下水道管の破損に起因すると考えられる道路陥没が発生し、一時は約120万人に下水道使用の自粛が求められたと整理しています。さらに、下水道管に起因する道路陥没などは2022年度に全国で約2600件発生したとしています。

下水道管路の総延長は2023年度末で約50万キロメートルです。標準耐用年数50年を経過した管路は約4万キロメートル、全体の約7%ですが、10年後には約10万キロメートル、約20%へ、20年後には約21万キロメートル、約42%へ増える見込みです。機械・電気設備も老朽化が進み、下水処理場約2200カ所のうち、標準耐用年数15年を経過した設備を持つ施設は約2000カ所に上ります。

水道と自治体財政の連鎖

耐震化と更新率の遅れ

水道は、老朽化と耐震化の遅れが同時に進む分野です。厚生労働省が公表した2022年度末の水道施設耐震化状況では、基幹的な水道管のうち耐震性のある管路の割合は42.3%でした。浄水施設の耐震化率は43.4%、配水池は63.5%です。大規模地震が起きたとき、生活用水、医療、避難所運営に影響が出るリスクは残っています。

デジタル庁の水道事業ダッシュボードは、水道事業の環境について、施設の老朽化、現場職員の減少、人口減少に伴う収入減少により経営状況が厳しくなると説明しています。水道事業は、利用者が減っても管路を一気に縮小できません。人口密度が下がる地域ほど、1人当たりで支える管路、ポンプ、浄水施設の負担が重くなります。

この構造はマクロ経済の目線でも重要です。水道や道路の維持は、地域の固定費です。人口が減るからといって直ちに半分にできるものではなく、むしろ古くなった設備の更新費は増えます。利用者数が減り、職員も減り、工事単価が上がると、自治体は料金値上げ、一般会計からの繰り入れ、更新先送りの三択に追い込まれます。

料金値上げと地域格差

EY Japanと水の安全保障戦略機構の共同研究は、現在の水道サービスを維持する場合、2046年度までに水道料金の値上げが必要と推計される事業体が分析対象の約96%に及ぶと示しました。全国平均の値上げ率は約48%で、平均的な使用水量の場合、2021年の月3317円から2046年には4895円へ上がる推計です。

さらに重いのは格差です。同研究では、事業体間の水道料金格差が2021年の8.0倍から2046年度には20.4倍へ広がるとしています。人口密度が低い地域ほど料金負担が重くなりやすく、生活コストの地域差が広がります。これは、地方移住や企業立地を促す政策とも矛盾しかねません。

賃金が上がり、労務単価が上がること自体は必要です。国土交通省は2026年3月から適用する公共工事設計労務単価を、全国全職種単純平均で前年度比4.5%引き上げました。2013年度の改定から14年連続の上昇で、全国全職種の加重平均値は2万5834円となり、初めて2万5000円を超えました。

ただし、労務単価上昇は自治体や発注者にとって工事費上昇でもあります。適切な賃金を払わなければ人は来ませんが、予算が増えなければ工事量は絞られます。ここに、担い手不足と財政制約が同時に効く難しさがあります。単価を上げても人が集まらず、予算を付けても入札不調になる地域が増えれば、インフラ維持は計画上の数字にとどまります。

マクロ経済としてのインフラ人材問題

予防保全に必要な早期投資

インフラ危機を避ける鍵は、壊れてから直す事後保全ではなく、壊れる前に手を打つ予防保全です。国土交通白書2020は、国土交通省所管インフラを対象にした将来推計として、事後保全の場合、2048年度の年当たり維持管理・更新費は2018年度の約2.4倍になると説明しています。一方、予防保全なら2048年度の費用は事後保全に比べ約5割減り、30年間の累計でも約3割減る見込みです。

予防保全は、財政健全化と矛盾しません。むしろ、長期の歳出を抑えるための先行投資です。問題は、政治的に見えにくいことです。新しい橋や道路は成果として見えますが、壊れなかった管路や事故を防いだ補修は目立ちません。現場人材の確保も同じで、平時に育てておかなければ、災害時や事故時に急に増やすことはできません。

厚生労働省による時間外労働の上限規制は、建設業にも2024年4月から適用されました。原則として月45時間、年360時間という上限があり、臨時的な特別事情でも年720時間などの制約があります。これは労働環境改善に不可欠ですが、従来の長時間労働で現場を回していた構造を変える圧力にもなります。人員を増やせないまま休日を確保すれば、工期は延び、発注計画の見直しが必要になります。

輸入できない現場能力

国際経済の視点で見ると、インフラ保全は典型的な非貿易財サービスです。半導体や燃料なら海外から調達できますが、地方の橋を点検し、漏水現場を掘り、夜間に道路を復旧する作業は、その地域で実行するしかありません。人手不足を円安や輸入拡大で吸収できない点に、インフラ問題の深刻さがあります。

労働政策研究・研修機構の2023年度版労働力需給推計では、一人当たりゼロ成長で労働参加が現状から進まないシナリオの場合、労働力人口は2022年の6902万人から2040年に6002万人へ減る見通しです。成長実現と労働参加進展のシナリオでも、2040年は6791万人です。どちらの道でも、現場人材を奪い合う圧力は残ります。

したがって、必要なのは「若者に我慢して現場へ来てもらう」発想ではありません。建設現場を、選ばれる産業に作り替えることです。ドローン点検、AIによる劣化予測、遠隔臨場、プレキャスト化、書類作成の自動化、週休2日の定着、安全装備の高度化は、単なる効率化ではなく採用政策です。若者が避ける職業イメージを、現実の働き方から変える必要があります。

注意点・展望

「若者批判」にしない視点

よくある誤解は、現場職離れを若者の根性不足として片づけることです。しかし、職業選択は社会の価格シグナルです。危険があり、休みが少なく、将来の成長像が見えにくい仕事なら、人が集まりにくくなるのは自然です。問題は、社会に不可欠な仕事ほど条件改善が遅れ、イメージが更新されていない点にあります。

もう一つの誤解は、DXだけで人手不足が消えるという見方です。点検ロボットやAIは重要ですが、最後に補修し、交通規制を組み、住民と調整し、災害時に現場へ向かう人は必要です。技術は人を不要にするのではなく、少ない人で高い安全性と生産性を実現するための土台です。

今後は、国と自治体が維持すべきインフラの優先順位を明確にする局面に入ります。人口減少地域では、すべての施設を同じ密度で維持することが難しくなります。広域化、共同発注、包括的民間委託、料金体系の見直し、撤退や集約の議論を避けるほど、将来世代の負担は重くなります。

まとめ

Z世代が年収500万円でも施工管理職を選ばないという調査結果は、刺激的な見出し以上の意味を持ちます。それは、日本のインフラを支えてきた労働供給の前提が変わったという警告です。道路橋、水道管、下水道管は2040年に向けて一斉に老朽化し、自治体の財政と技術職員も制約を受けます。

対応策は、賃上げ、働き方改革、DX、予防保全、広域化を同時に進めることです。現場職を社会に不可欠な専門職として再設計し、若者が選べる仕事にしなければ、予算があっても直せないインフラが増えます。インフラ崩壊を防ぐ第一歩は、壊れた後の復旧ではなく、現場で働く人を増やす産業政策です。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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