国鉄急行型電車の黄金期 153系165系が築いた全国急行網の記憶
はじめに
いまのJRでは、日常的に「急行」の種別を意識する場面はほとんどありません。定期運行の急行列車は2016年3月の「はまなす」廃止で姿を消し、急行という言葉は観光列車や臨時列車の印象に近づきました。しかし、戦後の国鉄で全国を結ぶ優等列車の主役だったのは、むしろ特急より急行でした。その大量輸送と広域移動を支えたのが、急行型電車です。
急行型電車の歴史は、単なる車両形式の変遷ではありません。幹線電化の進展、都市間移動の大衆化、観光需要の拡大、そしてローカル幹線まで含めた全国ネットワーク形成の歴史そのものです。この記事では、153系、165系、455系を中心に、急行型電車がなぜ「黄金期」を築けたのか、そしてなぜ役割を終えたのかをたどります。
急行網拡大を支えた車両思想
明治の急行から戦後の大衆輸送への転換
岡山県立図書館の郷土資料データベースによると、日本初の急行列車は1894年に山陽鉄道が神戸から広島に走らせた列車とされています。当初の急行は、停車駅を絞って速達性を高める列車種別でした。戦前から急行は存在しましたが、戦後に意味合いが大きく変わります。特急が限られた本数と高付加価値を担う一方、急行は広い地域を結ぶ「手の届く優等列車」として量的に拡大したからです。
その転換点で重要だったのが電車化でした。客車急行は機関車の付け替えや編成の制約を受けやすく、停車回数が多い列車では加減速面でも不利でした。電車なら機関車交換が不要で、幹線と支線をまたぐ柔軟な運転がしやすくなります。都市近郊の通勤電車とは違い、急行型電車には長距離移動を前提としたクロスシート、デッキ、トイレ、荷物設備、場合によっては食堂やビュフェまで求められました。急行型は「速く走る近郊電車」ではなく、広域ネットワーク時代の汎用優等車だったわけです。
153系が示した急行電車の標準形
TOMIXの153系製品解説では、153系は1958年に登場した国鉄の急行形電車と説明されています。東海道本線の準急「東海」向けに整備され、その後は急行用として広く使われました。153系の意義は、電化幹線の急行サービスを大量供給できる標準フォーマットをつくったことです。湘南形の前面、2扉クロスシート主体の車内、編成での長距離運用に向く設備構成は、その後の急行型の基準になりました。
同系にはサハシ153形のようなビュフェ合造車もあり、TOMIXの解説でもビュフェと寿司コーナーを備えた形式として紹介されています。急行が単なる移動手段ではなく、長距離旅行の時間そのものを商品化していたことがよく分かります。のちに153系は山陽方面や房総方面でも使われ、さらに大阪地区では新快速に転用されました。急行型電車が、優等列車と都市間快速の両方を支えたことを示す象徴的な例です。
全国展開を実現した165系と455系
165系が広げた非電化接続と山岳路線対応
165系は1963年登場とされ、153系を発展させた急行型電車として位置づけられます。JRCPの165系グッズ解説でも、急行用として登場し、中央本線や信越本線、東海道本線など幅広い路線で活躍した車両として紹介されています。153系との大きな違いは、勾配線区や寒冷地も含めて使いやすい汎用性を強めた点です。
KATOの国鉄急行形電車特集でも、165系は153系ベースでありながら、出力増強や抑速ブレーキ採用により山岳線区に対応した形式として整理されています。これにより、東京口の「アルプス」や「かいじ」、信州方面、東海方面など、多様な急行列車で同じ系列を使いやすくなりました。急行型電車の黄金期とは、列車の名前が多かった時代であると同時に、標準化された系列で全国の需要に応えられた時代でもあります。
165系の価値は、特急ほど高コストではなく、通勤電車ほど設備を割り切らない中間解として優れていた点です。観光、帰省、出張、団体輸送まで一つの系列で広くこなせたため、国鉄の広域輸送を支える「量の主役」になりました。後年には一部が普通列車やイベント列車にも転じ、急行型の丈夫さと汎用性を示しました。
455系が示した交直流急行の広域性
急行網が全国化するうえで欠かせなかったのが交直流急行型です。TOMIXの455系・475系解説によると、455系は1965年に登場し、東北本線、常磐線、北陸本線、九州地区など交流区間を含む路線で活躍しました。直流専用の153系や165系だけでは、交流電化区間にまたがる長距離急行網を構築できません。455系は、その空白を埋める存在でした。
交流と直流をまたいで走れる意義は大きく、利用者にとっては乗り換えなしで主要都市と地方中核都市を結ぶ路線が増えます。国鉄にとっては、電化方式が異なる地域でも優等列車網を一体的に設計できます。KATOの特集でも、451系から453系、455系、475系へと続く交直流急行型の流れが整理されており、急行型電車が東北、北陸、九州に広がった背景が見えてきます。急行型の黄金期は、東海道や中央本線だけの話ではなく、電化方式の壁を越えて全国へ広がった時代でした。
急行型電車が役割を終えた理由
特急化と地域輸送再編の波
急行型電車が長く使われたのは、国鉄時代の需要構造に合っていたからです。しかし、1970年代後半以降は状況が変わります。特急の増発と高速化が進み、急行は中途半端な種別になりやすくなりました。一方で、近距離需要では113系や115系など近郊形電車が拡大し、普通列車でも一定の輸送力を確保できるようになります。急行型にだけ与えられていた設備上の優位が相対的に薄れたわけです。
153系が新快速へ、455系が普通列車へ、一部の165系が地方輸送や臨時列車へ転じた流れは、急行型の高性能が不要になったのではなく、用途が再配分された結果といえます。優等列車としては特急に吸収され、地域輸送としては近郊形や一般形に置き換えられる。その中間にいた急行型は、使い道を変えながら長命を保ちましたが、主役の座は次第に失っていきました。
定期急行消滅と記憶としての急行形
転機を象徴するのが、JR最後の定期急行「はまなす」の廃止です。2015年の報道では、北海道新幹線開業に伴う2016年3月の廃止で、JRの定期急行がすべて消えると伝えられました。列車種別としての急行が終わったことで、急行型電車も現役の実用品から記憶の対象へと移りました。
それでも153系、165系、455系が鉄道ファンの間で特別な存在であり続けるのは、形式そのもの以上に、列車名と地域の記憶を背負っているからです。「東海」「アルプス」「佐渡」「ばんだい」「まつしま」といった列車名は、戦後の移動文化と直結しています。急行型電車の黄金期とは、都市と地方、幹線とローカル、日常と旅がまだ一つのネットワークの中に収まっていた時代の記憶でもあります。
注意点・展望
急行型電車を振り返る際に注意したいのは、特急の前段階として単純に位置づけないことです。実際には、急行型は大量配置でき、運転区間の自由度が高く、設備も一定水準を確保した「最も国鉄らしい量産優等車」でした。特急より格下という序列だけで見ると、その社会的な役割を見落とします。
今後は保存車両や模型、アーカイブを通じて急行型に触れる機会が中心になりますが、注目すべきは懐古だけではありません。都市間輸送と地域輸送の境目をどう設計するかという課題は、いまの観光列車や有料着席サービスにも通じます。急行型電車の歴史は、国鉄時代の思い出であると同時に、日本の鉄道がどの価格帯とサービス帯で需要を掘り起こしてきたかを考える手がかりでもあります。
まとめ
国鉄の急行型電車は、急行列車が全国の移動需要を支えた時代の中核でした。153系が標準形を築き、165系が山岳線区や広域運用に対応し、455系が交直流ネットワークを広げたことで、急行網は東海道から東北、北陸、九州まで広がりました。そこに共通するのは、特急ほど高価ではなく、普通列車より快適な「大衆優等」の設計思想です。
急行という種別は姿を消しましたが、その黄金期が残したものは小さくありません。全国をまたぐ列車名の記憶、標準化された系列による広域運用、旅と生活をまたぐ中間サービスの発想は、いまの鉄道にもつながっています。急行型電車の歴史は、戦後日本の移動の厚みを映した歴史そのものです。
参考資料:
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