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教員の働き方「見える化」が抱える構造的な課題

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はじめに

文部科学省は2026年3月、全国の教育委員会1,804団体を対象に実施した「令和7年度 教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査」の結果を公表しました。調査によると、教師の時間外在校等時間は前年度と比較して全校種で改善傾向にあり、月45時間以下の残業で働く小学校教諭は77%に達しています。

数字だけを見れば改革は着実に前進しているように映ります。しかし、教育研究家の妹尾昌俊氏をはじめとする専門家からは、この「見える化」の旗振り役には重要な視点が欠けているとの指摘が相次いでいます。本記事では、最新の調査結果を読み解きながら、数値改善の裏に潜む構造的な課題を多角的に解説します。

最新調査が示す「改善」の実態

全校種で残業時間が減少

2026年3月に公表された最新の取組状況調査は、2025年9月1日時点の状況を基準としたもので、回答率は100%でした。結果を見ると、教師の時間外在校等時間は前年度から全校種で減少しており、とりわけ小学校では月45時間以下で勤務する教諭が77%に到達しました。

この数値は、2019年に文科省が示した「上限ガイドライン」(月45時間、年360時間)の浸透を裏付けるものです。ICTを活用した業務効率化や、部活動の地域移行、学校行事の精選といった取り組みが一定の成果を上げていることは間違いありません。

教育委員会間の格差が鮮明に

一方で、都道府県・政令指定都市と市区町村の間では、取り組みの進捗に大きな差があることも明らかになりました。所管する学校の在校等時間やその縮減に向けた取組状況の公表率は、都道府県・政令市では約90%に達する一方、市区町村ではわずか約20%にとどまっています。

改正給特法では、すべての教育委員会に「業務量管理・健康確保措置実施計画」の策定・公表が義務付けられていますが、小規模自治体ほど人員やノウハウが不足しており、制度の実効性が確保できていない実態が浮かび上がっています。

「見える化」の裏で進む「見えない化」

過少申告の常態化

数値上の改善が進む一方で、現場からは深刻な声が上がっています。勤務時間の過少申告が横行しているという問題です。

岐阜県教職員組合のアンケートでは、勤務時間を過少申告しているとの回答が12%に達しました。さらに、石川県教職員組合の調査では「残業を過小に申告したことがある」と回答した教員が26%にのぼっています。

過少申告が起こる背景には、在校等時間が長い教員やその学校の校長に対して教育委員会から「指導」が入る仕組みがあります。「月80時間の残業を超えないようにと管理職に言われるので、正しく入力していない」という現場の声は、数値目標がかえって実態の隠蔽を促している皮肉な状況を物語っています。

勤怠管理の方法にも課題

勤務時間の把握方法にも問題があります。公立学校におけるICカード・タイムカード等による客観的な勤務時間の把握率は、都道府県で66.0%、市区町村では47.4%にとどまっています。残りの学校ではExcel等による自己申告が採用されており、正確な記録が担保されていません。

教育新聞の取材班が報じたところでは、一部の学校では管理職が勤務時間の改ざんを指示するケースすら確認されています。「見える化」を推進する調査そのものが、逆に残業の「見えない化」を加速させている構造的な矛盾がここにあります。

旗振り役に足りない視点とは

「時間」だけでは測れない教員の負担

教育研究家の妹尾昌俊氏は、文科省の「見える化」施策に対して一貫して警鐘を鳴らしてきました。妹尾氏が指摘する最大の問題は、在校時間という数値だけに焦点を当てる手法では、教員の負担の本質を捉えられないという点です。

学校現場では、在校時間を減らす圧力が強まるほど、持ち帰り残業が増加する傾向があります。自宅でのテスト採点、授業準備、保護者対応のメール返信など、記録に残らない業務は「見える化」の対象外です。時間外在校等時間が減少したからといって、教員の総労働時間が減少したとは限らないのです。

業務の総量削減への踏み込み不足

もう一つの重要な視点は、業務そのものの総量削減に十分に踏み込めていないことです。文科省は部活動の地域移行や学校行事の見直しを推進していますが、教員が担うべき業務の範囲を根本的に再定義する議論は進んでいません。

OECD(経済協力開発機構)の調査では、日本の教員の勤務時間は参加国中で依然として最長水準にあり、事務作業や部活動指導が大きな割合を占めています。授業準備や生徒指導に充てる時間を確保するためには、「何をやめるか」を明確にする議論が不可欠ですが、現在の「見える化」施策はその入り口にすら立てていないとの批判があります。

給特法改正だけでは解決しない

2025年6月に成立した改正給特法では、教職調整額を4%から10%へ段階的に引き上げることが決まりました。2026年1月から毎年1%ずつ引き上げ、2031年に10%とするスケジュールです。1972年の給特法施行以来、初の引き上げとなる画期的な改正です。

しかし、日本労働弁護団をはじめとする団体からは「抜本的な改正にはほど遠い」との声が上がっています。教職調整額はあくまで「定額働かせ放題」の構造を維持したままの処遇改善であり、残業代を支払う仕組みへの転換ではありません。時間外勤務の上限規制に法的拘束力がない以上、「見える化」で把握した実態を改善につなげる強制力が欠如しているのです。

注意点・展望

数値の一人歩きに注意

今回の調査結果を読む際、いくつかの点に注意が必要です。まず、月45時間以下の教諭が77%という数値は、裏を返せば23%の教諭が依然として上限を超えて働いていることを意味します。さらに、過少申告の問題を考慮すれば、実態はこの数値よりも厳しい可能性があります。

調査結果が「改善が進んでいる」というメッセージとして一人歩きすれば、現場が抱える課題への対応が後回しにされるリスクがあります。

今後求められる施策

2026年4月から施行される改正給特法のもとでは、教育委員会に「業務量管理・健康確保措置実施計画」の策定・公表が義務付けられます。この制度を実効性あるものにするためには、客観的な勤怠管理システムの全校導入、持ち帰り残業を含めた総労働時間の把握、そして業務の棚卸しと削減の具体的な計画が不可欠です。

また、「主務教諭」の新設や学級担任手当の加算といった処遇改善に加え、教員の定数増や外部人材の活用など、人的リソースの拡充も急務です。

まとめ

文科省が推進する教員の働き方「見える化」は、問題を可視化する第一歩としての意義は認められます。しかし、在校時間という指標だけに頼る現在の手法では、過少申告や持ち帰り残業といった「見えない化」のリスクを十分に防げていません。

真に実効性のある改革を進めるためには、数値の管理にとどまらず、教員が担う業務の総量削減、客観的な勤怠管理の徹底、そして法的拘束力を持つ労働時間規制の整備が求められます。教育の質は教員の働く環境に直結します。「見える化」の先にある、働き方そのものの変革に向けた議論の深化が急がれます。

参考資料:

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