kinyukeizai.com
kinyukeizai.com

20代の銀行選びを変えたスマホ完結化とネット銀行経済圏の吸引力

by 白石 葵
URLをコピーしました

20代銀行選びのスマホ起点化

20代の銀行選びは、この数年でかなり性質が変わりました。かつては、自宅や大学の近くに支店があること、親が使っていること、就職先の給与振込口座に指定されることが、最初の銀行を決める大きな理由でした。ゆうちょ銀行や地方銀行が「とりあえず作る口座」として強かったのは、そのためです。

ただ、コロナ禍を境に、銀行口座は「通帳とATMの器」ではなく、スマートフォン上で決済、送金、ポイント、証券、家計管理までつながるハブへと変わりました。若年層にとっては、窓口の安心感より、アプリの起動速度、本人確認の簡単さ、手数料、経済圏との接続のほうが、日常の使い勝手を左右します。

もっとも、20代がどの銀行を年代別にどれだけメイン口座にしているかを示す業界横断の公開統計は限られます。そのため本稿では、公開調査で確認できる行動データ、ネット銀行の口座増加、ゆうちょ銀行と地方銀行のDX対応を組み合わせ、若年層の銀行選びがなぜ「対面」から「非対面」へ傾いたのかを整理します。

店舗起点からスマホ起点への反転

キャッシュレス常態化

銀行選びの前提を変えた最大の要因は、支払いの場面が現金中心ではなくなったことです。経済産業省によると、日本のキャッシュレス決済比率は2024年に42.8%、決済額は141.0兆円まで拡大しました。内訳ではコード決済が13.5兆円となり、生活者が「銀行に行く」より先に「アプリで払う」場面が日常化しています。

若年層の感覚は、この流れをさらに先鋭化させています。MMD研究所の2025年調査では、現金を持ち歩きたくない意向が最も高かったのは20代で30.8%でした。銀行口座間でお金を移動させる人は76.3%に達し、その方法として「ATMで現金を引き出して別口座へ入金」が60.8%で最多だった一方、「アプリやネットバンキングでの振込」も49.5%まで来ています。

この数字が示しているのは、若年層が一つの銀行ですべてを完結させるのではなく、複数口座を前提に最適化していることです。給与受取、生活費、投資、ネット決済、送金を分けるなら、口座そのものより、口座間移動をどれだけストレスなく処理できるかが重要になります。支店の近さより、アプリ上の回遊のよさが優先されるのは自然です。

コロナ禍が固定した非対面習慣

コロナ禍は、この変化を一時的な便利さではなく、習慣として定着させました。外出抑制で窓口利用を減らした経験は、銀行手続きを「行かなくても済むもの」と認識し直すきっかけになりました。感染対策として始まった非対面は、その後も戻らず、日常の標準になったわけです。

MMD研究所の2024年スマホ依存調査では、スマートフォンがないと困る人は81.1%に達し、Webサイトやアプリの表示で我慢できる時間は「10秒未満」が69.3%でした。銀行アプリも例外ではありません。若い世代ほど、待たされる、分かりにくい、途中で紙や印鑑が必要になる、といった体験そのものが離脱要因になります。

つまり、銀行選びの基準は「どこに支店があるか」から「どこがいちばん摩擦なく終わるか」に変わりました。これは単なるチャネル移行ではなく、金融サービスの評価軸がプロダクト体験へ移ったことを意味します。

20代が銀行に求める機能の再定義

手数料と即時性

マイボイスコムの2025年調査では、インターネットバンキングを現在利用している人は69.5%でした。選定時の重視点は「手数料が安い」が70.0%で突出し、「24時間リアルタイムで利用が可能」が32.5%で続きます。さらに「知名度が高い」「スマートフォンから利用しやすい」は若年層で高い傾向とされました。

ここで重要なのは、若年層が銀行に求めている価値が、金利やブランドだけでなく、UIと処理速度にまで広がっていることです。振込手数料が安い、残高確認が速い、生体認証ですぐ入れる、深夜でも反映が早い。こうした細部は、SaaSやECアプリでは当たり前の品質ですが、銀行では長く差が見えにくい領域でした。

ところが、複数口座とキャッシュレスを前提にすると、この差が一気に可視化されます。1回の利便性差は小さくても、毎月の振込、チャージ、送金、残高確認で繰り返されれば、若い利用者はより摩擦の少ない銀行へ寄っていきます。実店舗で受ける一度の丁寧な説明より、日々の30秒の差のほうが、主力口座の座を左右しやすくなりました。

経済圏とアプリUX

ネット銀行が強いのは、アプリが便利だからだけではありません。決済、EC、通信、証券、ポイントを束ねた経済圏の入口になっているからです。MMD研究所のポイント経済圏調査では、2024年1月時点で意識している経済圏は楽天が42.0%、PayPayが27.0%で上位でした。2025年7月の調査でも、20代以降は楽天経済圏が最も意識されており、PayPay経済圏が続きます。

これは銀行を単体商品として選んでいないことを示します。楽天市場を使う人は楽天銀行と楽天証券の連携を見ますし、PayPayを日常決済で使う人はPayPay銀行残高や送金とのつながりを意識します。銀行がアプリの一機能になったことで、利用者は「口座の便利さ」より「生活圏とのなじみやすさ」で選ぶようになりました。

実際、ネット銀行は口座数を伸ばしています。楽天銀行は2026年3月に預金口座数1,800万口座を突破し、月次開示でも2026年2月末時点で1,794万口座に達しています。住信SBIネット銀行も2026年2月に900万口座突破を公表しました。auじぶん銀行は2025年9月に700万口座を突破し、2025年3月に始めたマイナンバーカード活用の口座開設では、アプリ経由の同方式申込率が従来の約28%から7月末時点で約86%へ上昇したとしています。

この伸びは、金利競争だけでは説明しにくい動きです。口座開設から利用定着までをスマホ上で完結させ、生活導線の中に組み込める設計が効いています。20代にとって、銀行は「保有するもの」ではなく「自然に使い続けるもの」です。その設計がうまいプレーヤーほど、若年層の可処分時間を取り込めます。

ゆうちょと地銀が直面する構造的不利

口座保有の強さとメイン口座化の弱さ

ここで誤解したくないのは、ゆうちょ銀行や地方銀行の存在感がすぐ消えるわけではないという点です。MMD研究所の2024年1月調査では、利用している銀行口座の上位はゆうちょ銀行58.5%、楽天銀行28.6%、三菱UFJ銀行26.0%でした。ゆうちょ銀行は依然として圧倒的な保有基盤を持っています。

ただし、保有されていることと、日常の中心で使われることは別です。若年層の銀行選びでは、子どもの頃につくった口座、学費や仕送りの受け皿、給与振込の指定口座として残る銀行と、実際にアプリを頻繁に開いて使う銀行が分かれやすくなっています。ゆうちょ銀行や地銀は前者では強くても、後者で競争が厳しくなっているとみるべきです。

その差は、プロダクト更新のタイミングにも表れています。ゆうちょ銀行が最短即時の口座開設に対応する「ゆうちょ手続きアプリ」を始めたのは2024年3月です。一方、住信SBIネット銀行はマイナンバーカードとスマホで最短5分、auじぶん銀行は最短当日など、ネット銀行勢は口座開設の摩擦を継続的に削ってきました。ゆうちょ通帳アプリのダウンロード数はGoogle Playで500万超に達しており、利用基盤は大きいものの、若年層の新規獲得では「大きい既存客基盤」と「新しい使いやすさ」が同義ではありません。

店舗網の価値低下と再編

地方銀行が直面するもっと大きな問題は、支店網そのものが若年層への優位性になりにくくなったことです。ニッキンの集計では、地域銀行の実店舗数は2024年3月末時点で前年比169カ店減の8,211カ店でした。地方銀行は114カ店減の6,102カ店、第二地銀は55カ店減の2,109カ店です。人口減少と収益圧力を考えれば、店舗再編は合理的ですが、若い顧客から見れば「近くにあるから選ぶ」理由がさらに弱くなります。

もちろん、地方銀行も手をこまねいているわけではありません。全国地方銀行協会は2024年末に「地方銀行発、スマホアプリで地域活性化!」というレポートを公表し、各地でアプリ提供を通じた接点づくりが進んでいることを紹介しました。さらに地銀協は2024年7月、地銀全62行が関わる「生活基盤プラットフォーム」事業化を決定し、住所変更や口座振替登録などをオンラインで完結させる仕組みの整備を進めています。

ただ、ここに地銀の難しさがあります。地域密着の強みを守りながら、全国区のアプリ品質も求められるからです。店舗、渉外、地域企業支援に強みがあっても、20代の獲得では、ログイン導線、即時口座開設、他サービス連携、送金コストのようなプロダクト競争から逃げられません。支店で築いた信頼と、アプリで感じる快適さが、別の競争軸として同時に問われています。

20代分散利用と生活OS競争の行方

若年層の銀行選びを論じる際に注意したいのは、「20代が一斉にゆうちょや地銀を捨てた」と単純化しないことです。公開調査を見る限り、ゆうちょ銀行の保有基盤はなお大きく、インターネットバンキング未利用者も一定数います。男性10代・20代ではネットバンキング未経験が比較的高いというマイボイスコムの結果もあり、完全なデジタル一本化ではありません。

その一方で、20代が銀行に求める条件が変わったことはかなり明確です。手数料、24時間性、スマホの使いやすさ、経済圏との接続、複数口座間の移動のしやすさです。ことらの公式サイトでは、2026年4月22日時点で累計送金金額3兆円突破、対応事業者424社とされており、他行送金の摩擦を下げるインフラも急速に広がっています。MMD研究所の調査でも、未利用者が今後期待することとして「接続できるネット銀行の拡大」「接続できる地方銀行の拡大」が上位に入りました。

展望としては、若年層向けの銀行競争は金利競争より、生活OS競争に近づくとみられます。ネット銀行は決済や証券との接続を深め、ゆうちょ銀行は巨大な顧客基盤をアプリにどう移せるかが課題になります。地方銀行は、全国均一の機能競争で勝ち切るより、地域生活に埋め込まれた手続きや行政連携をデジタル化し、「地元ではいちばん便利」という立ち位置を作れるかが分かれ目です。

主力口座を左右するアプリ体験と生活導線

20代の銀行選びを変えたのは、単にネット銀行の広告が増えたからではありません。キャッシュレスの拡大、コロナ禍で定着した非対面習慣、スマホUIへの高い期待、経済圏との結びつきが重なり、銀行を選ぶ基準そのものが変わったからです。

ゆうちょ銀行や地方銀行は、口座保有基盤や地域での信頼という強みをまだ持っています。しかし、若年層の「日常で最も使う口座」を取りにいくには、支店網よりアプリ体験、単独サービスより生活導線への接続が重要になります。20代が逃げているというより、銀行の役割定義が変わり、それに最も速く適応したプレーヤーへ利用が移っていると見るほうが実態に近いでしょう。

参考資料:

白
白石 葵

SaaS・DXスタートアップ

SaaS企業やDXスタートアップを、同世代の目線から取材。プロダクトの仕組みとビジネスモデルの両面から新興企業の実力を見極める。

関連記事

AIエージェント協調が招くサイバー攻撃リスクと企業防衛の新常識

OpenAIの評価環境で約1200のAIエージェントが非公式掲示板を作り、7万件超のやり取りから約700体がHugging Face侵入に参加した。報酬ハッキング、権限管理、監視設計の失敗を、SaaS企業がAIエージェントを導入する際の統制課題として、ゼロトラストと運用責任の両面から詳しく読み解く。

タイムズカー免許証流出で会員と退会者が今すぐ取るべき安全対策

タイムズカーで約660万件の個人情報が流出し、本人確認書類画像は約160万件に及びました。現会員だけでなく退会済み・入会未完了の人も対象です。免許証画像の悪用リスク、信用情報機関への本人申告、不審連絡への備え、企業が見直すべきデータ保管とカーシェアDXの信頼回復条件まで、利用者目線で実務的に詳しく解説。

全国約190店の果汁工房果琳を支える熟度管理と育成DXの仕組み

果汁工房果琳を全国約190店規模へ広げた青木フルーツの強みは、追熟で味をそろえる商品設計と、ウェルカムブックなどの育成体系にある。飲食店の人手不足、果物摂取不足、規格外果実の活用、公式アプリによる顧客接点まで含め、老舗が現場知を再現可能な仕組みに変えた成長モデルを読み解く。

AI時代に銀行システム停止も選ぶ金融サイバー防衛の新常識とは

金融庁と日銀は2026年5月、フロンティアAIが脆弱性探索や攻撃コード生成を高速化するリスクを受け、銀行などに9つの短期対応を要請しました。不正送金や生成AI悪用の広がりを踏まえ、顧客を守るためにシステム停止を選ぶ経営判断の背景と、SLA-SLOやBCPまで含む銀行DX現場の実務課題を読み解く。

最新ニュース

猫2匹と100種の植物が共存、壁を傷めない賃貸DIYの安全設計

築34年の賃貸マンションで、猫2匹と100種超の植物が安全に共存する住まいをどうつくるのか。有毒植物を購入前に学名で照合する方法、壁に穴を開けない突っ張り柱と自立棚の使い分け、荷重・地震・湿気・害虫への備え、猫の逃げ場と動線、退去時の原状回復まで、園芸経験者の発想を一般の賃貸住宅で再現する設計手順を解説する。

無料訪問は怪しい?ホームスタートが孤立する親子を支える仕組み

無料で自宅を訪ねるホームスタートは、研修を受けた子育て経験者が傾聴と協働で親子に寄り添う家庭訪問型支援です。週1回約2時間、4〜6回の活動内容、オーガナイザーによる調整と安全管理、家事代行・託児との違い、2025年度に3271家庭へ届いた実績、利用前に確認したい地域差や限界と相談先まで詳しく解説します。

日本の原潜保有論が再浮上、68年の検討史と国家決断の条件とは

日本の原子力潜水艦構想は、1958年の民間試設計から68年を経て安全保障3文書改定の論点に浮上した。小泉純也元防衛庁長官の「造る意思なし」と孫・進次郎防衛相の「選択肢を排除しない」を起点に、原子力基本法、NPT・IAEA保障措置、建造費、人材、AUKUSの教訓を検証し、導入判断に必要な条件を読み解く。

しまなみ海道の外国人客が3割超 映画ロケ地人気を支える観光設計

映画『汝、星のごとく』の舞台として脚光を浴びる、尾道と今治を結ぶしまなみ海道。2024年度はレンタサイクル13万5735台の32.2%を外国人が占めた。70キロのブルーライン、乗り捨て、電動化、無料の橋梁通行、島文化が生む体験価値を整理し、急増客を滞在消費へ変える地域課題と旅行者が守るべきマナーを読み解く。

恋愛が怖い若者へ、傷つく不安を越えて関係を育てる心の実践処方箋

恋人がいる未婚者は男性19.6%、女性27.8%――最新の出生動向基本調査が示す若者の恋愛離れを、拒絶への敏感さ、男子校・女子校の交流経験、SNS時代の評価不安から分析。林真理子さんの「欲望」を手がかりに、本人が無理なく踏み出す方法と、親が干渉せず自律を支える具体策、安全な関係の境界線まで解説する。