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ビジネスケアラーに違和感が残る理由支援と当事者視点のずれとは

by 小林 美咲
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ビジネスケアラーへの違和感と2025年法改正

「ビジネスケアラー」という言葉を見聞きしたとき、少し引っかかる人は少なくありません。介護は本来、家族の生活、感情、時間、お金、健康にまたがる非常に私的で重い出来事です。そこに「ビジネス」という言葉がつくと、介護をしている人が、ひとりの生活者というより、会社の生産性に影響する存在として先に整理されてしまう感覚があるからです。

ただし、この言葉が広がった背景には現実的な理由もあります。日本では働きながら介護を担う人がすでに大きな規模に達し、企業経営や労働市場全体の問題になっているためです。2025年4月には育児・介護休業法の改正も施行され、企業にはこれまで以上に具体的な対応が求められるようになりました。この記事では、「ビジネスケアラー」という言葉がなぜ使われるのか、その言葉に違和感が残るのはなぜか、そして本当に必要な支援は何かを、公的統計と政策資料から整理します。

言葉が広がった背景には数字と制度の重みがある

仕事と介護はすでに企業の周辺課題ではない

この言葉が広がった最大の理由は、介護がもはや一部の家庭だけの問題ではないからです。総務省の2022年就業構造基本調査によると、介護をしている人は629万人おり、そのうち有業者は365万人でした。介護をしている人に占める有業者の割合は58.0%で、2017年の55.2%から上昇しています。男女別に見ると、働きながら介護をしている人は男性156.6万人、女性208.1万人です。介護は高齢女性だけの問題ではなく、現役世代の就業構造そのものに組み込まれた問題になっています。

離職の数字も重いです。就業構造基本調査では、介護・看護のために過去1年間で前職を離職した人は2022年に10.6万人でした。2017年の9.9万人から増えています。しかも内訳を見ると、有業者2.3万人だけでなく、無業者8.3万人が含まれています。これは、いったん職を離れると再就業せず介護に専念する人が多いことを示しています。企業にとっては中核人材の流出であり、本人にとっては収入とキャリアの断絶です。

経済産業省が2024年3月に公表した経営者向けガイドラインは、こうした状況を企業経営の言葉で整理しました。そこでは、いわゆるビジネスケアラーが2030年に約318万人、経済損失が約9兆円に及ぶと試算されています。ここで初めて、多くの経営者が介護を「福利厚生の話」ではなく、人材戦略と事業継続の問題として認識し始めました。違和感の有無は別として、この言葉が課題を見えやすくした面は確かにあります。

2025年4月の法改正で企業責任は一段と明確になった

2025年4月1日から施行された改正育児・介護休業法も、この流れを後押ししました。厚生労働省によると、企業には介護休業や介護両立支援制度を利用しやすい雇用環境の整備が義務づけられ、研修、相談窓口、事例提供、方針周知のいずれかの措置を講じなければならなくなりました。さらに、介護に直面した従業員への個別の周知・意向確認、40歳前後での早期情報提供も義務化されています。

ここで重要なのは、政策の発想自体がすでに「介護は突然起き、働きながら備える必要がある」という前提に立っていることです。厚労省も、介護は育児と異なり突発的に発生し、期間や対応策が多様だと説明しています。つまり、会社側が何も知らないまま本人の自己責任に任せるやり方では、離職も生産性低下も防げないと制度が認めたわけです。この文脈では、「ビジネスケアラー」という言葉は企業を動かすための政策用語として機能しやすいのです。

それでも違和感が残るのは当事者の現実を削ってしまうから

「ビジネス」が先に来ると生活者としての介護者が見えにくい

違和感の核心は、介護者がまず「働き手」として定義される点にあります。たしかに企業から見れば、介護中の従業員は人的資本であり、離職リスクであり、支援対象です。しかし当事者にとって介護は、通院付き添い、緊急搬送、認知症対応、きょうだい間の分担、遠距離介護、家計負担、睡眠不足といった、生活の再編そのものです。そこに「ビジネス」という枠が前面に出ると、当事者の苦労が会社の管理課題へと翻訳されすぎる感覚が残ります。

しかもこの言葉は、働いている人だけを前景化しやすい面があります。実際には、離職して介護に入る人、非正規雇用で制度にアクセスしにくい人、自営業やフリーランスで社内支援の外にいる人も少なくありません。就業構造基本調査で介護・看護のために離職した人の大半が無業者であることは、この言葉の外側にこぼれ落ちる人の多さを示しています。違和感は、言葉の響きだけでなく、誰を可視化し誰を見えにくくするかという問題でもあります。

介護の難しさは休業日数より長期の調整にある

もうひとつ見落とせないのは、仕事と介護の両立は「休暇を取れば解決する問題」ではないことです。JILPTの調査では、勤務先に介護休業制度があり、分割取得もできる場合、長期化した介護でも離職率が高くなりにくいことが示されています。また、所定外労働免除、短時間勤務、フレックスタイム、時差出勤といった制度がある場合も、介護期間が3年を超える層で離職率が抑えられる傾向がありました。ポイントは、一度だけ休むことではなく、長く続く介護に合わせて働き方を調整できるかどうかです。

2015年のJILPT報告も、介護者の健康悪化や業務遂行意識の低下まで視野に入れ、企業が従業員の介護実態を把握する仕組みの必要性を指摘しています。介護は育児のように進行が見えやすいイベントではなく、終わりも読みにくいのが特徴です。厚労省が「突発的」「多種多様」と表現しているのもこのためです。だから本来必要なのは、介護休業の取得可否だけでなく、地域の介護保険サービス、ケアマネジャーとの連携、本人の健康管理、家族内分担まで含めた支援です。「ビジネスケアラー」という語が企業内制度だけに議論を寄せると、この広がりが抜け落ちます。

介護休業93日後も続く両立支援の課題

このテーマでよくある誤解は、「企業が介護休業制度を用意すれば十分」というものです。実際の介護は、介護休業の93日だけで完結することはほとんどありません。厚労省の制度設計も、介護休業は体制を整えるための時間と位置づけており、その後は短時間勤務、残業免除、テレワーク、介護保険サービスの活用などを組み合わせて継続就業を支える発想です。制度の名称だけ知っていても、職場で使いにくければ離職は防げません。

今後は二つの視点を両立させる必要があります。ひとつは、企業経営の言葉で課題を可視化し、管理職と人事を動かすことです。もうひとつは、介護者を単なる人的資本ではなく、生活と感情を持つ当事者として扱うことです。「ビジネスケアラー」という語は前者には有効ですが、後者には十分ではありません。今後この言葉を使うなら、「働く介護者」や「家族介護者」といった言い方も併記し、支援の中心を本人の生活再建に置く姿勢が欠かせません。

365万人の働く介護者と言葉の取りこぼし

「ビジネスケアラー」という言葉に違和感があるのは自然です。介護という深く個人的な問題が、企業経営の管理言語に置き換えられるからです。実際、言葉の焦点が就業者に当たりすぎると、離職者や制度の外にいる人、長期介護の生活実感が見えにくくなります。

それでもこの言葉が広がったのは、働きながら介護する人が2022年時点で365万人に達し、介護離職も年10.6万人にのぼるからです。必要なのは、言葉をめぐる好みの対立ではなく、その言葉で何を見えるようにし、何を取りこぼしているかを冷静に点検することです。企業が動くための言葉と、当事者を支えるための言葉は、同じでなくてよいはずです。

参考資料:

小
小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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