中国が再始動する人民元国際化、その戦略と課題
第15次五カ年計画で再加速する人民元国際化
中国が再び人民元の国際化に本腰を入れています。2026年から始まった第15次五カ年計画では、「人民元の国際化を推進し、資本収支項目の開放水準を高める」と明記されました。前回の第14次計画で使われた「穏健・慎重に推進する」という表現から大きくトーンが変わっています。
約10年前、資本規制の緩和が大規模な資本流出を招いた苦い経験があります。それでも習近平政権が「金融強国」の旗を掲げ、再び国際化へかじを切る背景には何があるのでしょうか。本記事では、人民元国際化の現状と戦略、そしてその先にある真の狙いを多角的に解説します。
2015年の教訓――資本流出ショックとその後
突然の切り下げが招いた混乱
2015年8月、中国人民銀行は突如として人民元の切り下げを実施しました。表向きはIMFのSDR(特別引出権)への採用を見据えた市場化改革でしたが、市場は「景気刺激のための通貨安誘導」と受け止めました。
この結果、資本流出と人民元安が同時進行し、自己増殖的に加速する事態に陥りました。中国当局は外貨準備から約1兆ドルを投じて為替防衛に当たりましたが、外貨準備の急減がさらなる不安を呼ぶ悪循環に陥りました。
規制強化による立て直し
2016年後半以降、中国政府は対外直接投資の規制強化を含む資本流出規制を大幅に厳格化しました。その結果、2017年には金融収支が黒字に転換しています。しかし、この過程で人民元の国際化は大きく後退しました。香港のオフショア人民元市場も縮小し、人民元建ての資金調達コストが上昇するなど、副作用も顕著でした。
この経験から中国が学んだ最大の教訓は、「資本勘定の自由化と為替の安定は同時に達成できない」という国際金融のトリレンマです。独立した金融政策を維持しながら、どこまで資本の自由化を進められるかが、今なお最大の課題となっています。
第15次五カ年計画が示す新たなアプローチ
「穏健・慎重」から「積極推進」へ
第15次五カ年計画(2026〜2030年)の建議では、人民元国際化に関する表現が明確に強化されました。具体的には「自主的・コントロール可能な人民元クロスボーダー決済システムを構築する」と記されています。
ここで注目すべきは「自主的・コントロール可能」という修飾語です。2015年の失敗を繰り返さないよう、資本の完全自由化ではなく、管理された範囲での国際化を目指す姿勢が読み取れます。
金融強国構想との連動
習近平政権が掲げる「金融強国」構想は、科学技術金融、グリーン金融、包摂金融、養老金融、デジタル金融の5分野を柱としています。人民元の国際化はこの構想の基盤をなすものであり、単なる通貨政策ではなく、国家戦略の中核に位置づけられています。
中国の国際的地位の高まりにふさわしい「強力な人民元」の実現は、米ドルの数十年にわたる支配的地位への挑戦を意味します。とりわけ、米国による金融制裁が国際問題で頻繁に使われるようになった昨今、ドル依存からの脱却は中国にとって安全保障上の課題でもあります。
3つの戦略的手段
CIPS(人民元国際決済システム)の急拡大
CIPSは2015年に稼働した人民元建ての国際決済システムです。2024年の年間取扱高は前年比43%増の175兆4,900億元に達し、2020年以降で取扱高・取引件数ともに3倍超に成長しました。
2025年半ばまでに参加機関は1,683に達し、180の国・地域をカバーしています。直接参加者174機関、間接参加者1,509機関を通じて、世界187カ国・地域の4,900以上の機関に接続しています。CIPSはSWIFTの完全な代替ではありませんが、米ドルを経由しない決済ルートとして着実に存在感を高めています。
デジタル人民元の越境展開
デジタル人民元は2026年1月1日から新たな段階に入りました。ウォレットに保管されたデジタル人民元に預金金利に基づく利子が付与される世界初の利子付きCBDC(中央銀行デジタル通貨)となっています。2025年11月末時点で累計取引件数は34億8,000万件、取引金額は16兆7,000億元に達しました。
越境決済では、多国間CBDCプラットフォーム「mBridge」が注目されます。mBridgeでの累計取引金額は人民元換算で3,872億元に上り、取引額全体に占めるデジタル人民元の割合は約95.3%です。中国人民銀行は2025年6月に上海に「デジタル人民元国際運営センター」を設立しており、越境利用の拡大を本格化させています。
点心債(オフショア人民元債)の復活
オフショア市場で発行される人民元建て債券「点心債」が記録的な拡大を見せています。2025年の点心債発行額は約8,700億元(約1,230億ドル)に達し、2024年の年間発行額を大幅に上回りました。残高は2025年前半に1兆2,700億元となり、3年前から60%以上の増加です。
UBSグローバル・ウェルス・マネジメントは、2026年に人民元高が進めばさらなる発行増が見込まれるとし、残高は1兆6,000億元に達する可能性を指摘しています。テクノロジー企業や地方政府を中心に、オンショアより有利な利回りを求めた発行が活発化しています。
4.7%の決済シェアと資本規制の壁
国際決済シェアはまだ限定的
人民元は国際的な存在感を高めてはいるものの、SWIFT経由の国際決済シェアは約4.7%にとどまります。米ドルの約66%、ユーロの約6%と比べると、まだ大きな差があります。ただし、中国の貿易決済における人民元建て比率は2025年前三四半期で39%に達しており、貿易面では着実に浸透が進んでいます。
資本規制との矛盾は解消されていない
真の意味での通貨の国際化には、資本勘定の自由化や通貨の完全な交換可能性が不可欠です。しかし、これらは中国共産党の現在の政策方針と必ずしも整合しません。「自主的・コントロール可能」な国際化というアプローチが、市場の信認をどこまで獲得できるかは未知数です。
地政学リスクが追い風に
一方で、米国の金融制裁の多用やドル覇権への不信感は、新興国を中心にドル代替の需要を生んでいます。BRICS諸国との貿易決済やエネルギー取引での人民元利用拡大は、地政学的な要因が人民元の国際化を後押ししている側面も見逃せません。
CIPS・デジタル人民元・点心債による多極化戦略
中国の人民元国際化戦略は、2015年の挫折を経て、より慎重かつ多面的なアプローチへと進化しています。CIPS、デジタル人民元、点心債という3つの手段を組み合わせ、資本規制を維持しながら国際的な利用拡大を図る戦略です。
第15次五カ年計画のもとで加速するこの動きは、ドル一極体制に直ちに挑戦するものではありませんが、国際通貨システムの多極化を着実に進める力となっています。今後は、資本規制と国際化のバランスをどう取るか、そしてデジタル人民元が越境決済でどこまで浸透するかが、人民元の国際的地位を左右する鍵となるでしょう。
参考資料:
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