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新築マンション建設費高騰で逆転するデベとゼネコンの価格交渉力

by 佐藤 理恵
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マンション建設の発注者優位が崩れた理由

新築マンションの価格高騰は、土地代だけで説明できる局面を越えました。首都圏では2026年上半期の平均価格が1億135万円となり、上半期として初めて1億円を超えています。供給戸数は7,989戸にとどまり、3年連続で1万戸を下回りました。

注目すべき変化は、価格を決める主導権が売り手であるデベロッパーだけにあるわけではなくなった点です。建設現場を動かすゼネコンと専門工事会社の施工能力が希少化し、請負契約の価格や工期をめぐる交渉力が発注者から受注者へ移りつつあります。

会計的に見ると、これは単なるコスト増ではありません。固定価格に近い請負契約で、資材高・労務費・工程遅延のリスクを誰の損益計算書に載せるのかという問題です。マンション価格の行方は、販売価格だけでなく、建設会社の粗利率とデベロッパーの在庫回転のせめぎ合いで決まる段階に入っています。

採算を奪う建築費と人手不足の連鎖

RC造指数が示すコストの床

マンション建設の難しさは、鉄筋コンクリート造という商品特性にあります。建設物価調査会の建築費指数では、東京の集合住宅・鉄筋コンクリート造の2026年6月の工事原価指数が145.6となり、前月比0.9%上昇しました。2015年平均を100とする指数のため、単純に見れば工事原価は2015年比で45%超高い水準にあります。

この上昇は一過性の資材ショックだけではありません。生コンクリート、セメント、鉄筋、設備機器、電線、内装材など、工程ごとに別々の価格上昇が重なります。マンションは住戸数が多く、同じ仕様を繰り返すため量産効果が働きやすい一方、設備・内装・共用部・防災設備の要求水準も高く、単純なコスト削減には限界があります。

不動産経済研究所と野村不動産ソリューションズ・リサーチコンサルティング部による建築コスト調査では、デベロッパーから見たマンション建築費の変動幅は2022年を100として前年比14ポイント上昇し、坪単価では180万〜200万円未満との回答が最も多くなりました。土地を取得した時点の事業収支に、着工時点の建築費をそのまま当てはめると、予定利益が急速に薄くなる構図です。

ここで重要なのは、デベロッパーが販売価格へ転嫁できる範囲と、ゼネコンが請負価格へ転嫁できる範囲が一致しないことです。販売価格は最終需要と住宅ローン金利に制約されます。請負価格は資材・労務・工期に制約されます。両者の間にある差額が、プロジェクト利益か、工事損失か、発売延期として表面化します。

2024年規制で希少化する施工能力

2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。従来は大臣告示の限度基準が適用されず、長時間労働で工程を吸収してきた現場もありましたが、現在は一般業種と同じ規制が原則です。厚生労働省の整理では、災害復旧などを除き、建設事業にも上限規制が適用されています。

これは「残業を減らす」という労務管理の話にとどまりません。工期を短く詰めることで採算を合わせる、繁忙期に人員を集中投入する、遅れた工程を後工程で取り戻すといった従来の調整弁が細ります。マンション工事は近隣対応、行政手続き、躯体工事、設備工事、内装工事が連鎖するため、どこか一つの工程が詰まると全体の引き渡し時期に跳ね返ります。

担い手の年齢構成も重い制約です。国土交通省の第三次・担い手3法ポータルでは、建設業就業者の約4割が55歳以上、29歳以下は約1割と示されています。技能者でも60歳以上が約25%、29歳以下が約12%です。人件費は上がる必要がありますが、賃上げはゼネコンの損益計算書では労務関連コストの上昇として表れます。

大林組は2026年4月の賃金改定で、定期昇給に6.0%のベースアップを加え、従業員平均で約7.5%の賃上げを実施すると発表しました。大手の処遇改善は人材確保に不可欠ですが、請負価格に反映できなければ利益率を押し下げます。ゼネコンが採算の薄いマンション工事に慎重になるのは、財務上は自然な反応です。

価格転嫁で分かれるデベとゼネコンの収益構造

固定価格請負が抱える損益の非対称性

マンション事業では、デベロッパーが土地を仕入れ、設計を進め、ゼネコンに工事を発注し、完成前から販売します。土地代、建築費、販売費、金融費用を差し引いた残りが事業利益です。販売価格が上がれば利益は拡大しますが、販売が遅れれば棚卸資産と借入金が膨らみます。

一方、ゼネコンは請負金額を受け取り、資材や外注費を支払い、工事進行に応じて収益を認識します。契約後に資材価格や労務費が上がっても、契約変更が認められなければ差額はゼネコン側の粗利を削ります。工期が延びれば現場経費も増えます。つまり上振れ益は発注者に残りやすく、下振れリスクは受注者に寄りやすい構造でした。

この非対称性が、法制度面でも修正され始めています。2024年の建設業法・入契法改正では、資材高騰に伴う請負代金変更の方法を契約書の法定記載事項にする方向が示されました。資材高騰が生じるおそれがある場合、受注者は注文者へ情報を通知し、実際に高騰したときは変更協議を申し出ることができ、注文者は誠実に応じる努力義務を負います。

これはゼネコンが一方的に価格を上げられる制度ではありません。しかし、発注者が「当初見積もりで請け負ったのだから吸収してほしい」と迫る従来型の交渉は通りにくくなります。契約書、見積条件、物価スライド、工期設定が、マンション事業の利益率を左右する主要な財務項目になったということです。

選別受注を可能にしたゼネコン側の需給

ゼネコンが強気に出られる背景には、マンション以外の工事需要があります。データセンター、半導体関連施設、物流施設、再開発、インフラ更新、防衛関連施設など、施工能力を必要とする案件は幅広く存在します。建設会社にとっては、同じ技術者と協力会社を投入するなら、設計変更リスクが低く、工期に余裕があり、採算を確保しやすい案件を選ぶ動機が強まります。

建築コスト調査では、ゼネコンの今後1年の受注スタンスについて「選別する」が82%を占め、「これまで同様の受注を行う」の12.8%を大きく上回りました。デベロッパー側では、建築費高騰への対応として「賃料又は販売価への転嫁がしやすいアセットへの事業シフト」が64.5%で最多です。つまり、双方が採算のよい用途へ逃げる動きを見せています。

マンションが相対的に不利なのは、販売価格の上限が家計の購買力に縛られるためです。賃貸住宅や物流施設、オフィス、ホテルは賃料改定や運営収益で長期的に回収する余地があります。分譲マンションは引き渡し時点の販売価格で収益がほぼ確定し、販売後に建築費上昇を追加請求することはできません。

ゼネコン決算にも採算重視の効果が出ています。建設通信新聞の集計では、大手・準大手ゼネコン23社の2026年3月期決算で、売上高は11社、営業利益は10社が過去最高を更新しました。単体の建築粗利率は、回答25社のうち16社が目安となる10%に近い水準または上回る水準まで回復しています。

清水建設も2026年3月期に、完成工事高の増加と国内建築工事の採算改善を背景に、連結売上高2兆578億円、営業利益1,186億円を計上しました。建設事業のセグメント利益は906億円で、前期比60.7%増です。低採算工事を積み上げるより、受注時点の条件を厳しく見るほうが企業価値に直結する局面になっています。

大手デベロッパーに残る価格転嫁余地

ただし、デベロッパーが一方的に弱くなったわけではありません。ブランド力、都心立地、複合開発、長期の用地パイプラインを持つ大手は、価格転嫁力をまだ保っています。三井不動産の2026年3月期セグメント情報では、国内住宅分譲の営業収益は4,393億5,600万円、営業利益は1,120億500万円です。単純計算の営業利益率は約25.5%となります。

この利益率は、都心高額物件や過去に仕入れた土地の含み益、販売価格上昇の恩恵を反映している可能性があります。会計上は、土地を安く取得し、建築費上昇後に高値で販売できれば利益は大きくなります。しかし、これから取得する土地とこれから発注する工事では、同じ利益率を再現できる保証はありません。

マンション価格が高騰しても、デベロッパーの全案件が高採算になるわけではない点が重要です。用地取得時点で高値をつかみ、建築費見積もりがさらに上がり、販売期間が延びれば、貸借対照表には棚卸資産として滞留します。金利上昇局面では、在庫を抱える期間そのものがコストになります。

したがって、力関係の逆転とは、ゼネコンが常に優位になるという意味ではありません。より正確には、施工能力と価格変動リスクの値段が可視化され、デベロッパーがそのコストを事業計画に織り込まざるを得なくなったという変化です。資金力のある発注者でも、採算に合わない工期と価格ではゼネコンを確保できない時代になりました。

供給減と販売鈍化が併走する市場リスク

首都圏の新築マンション平均価格は、2026年上半期に1億円を突破しました。東京23区は1億4,249万円、千葉県は8,997万円、神奈川県は8,346万円です。供給戸数は7,989戸で、2020年上半期に次ぐ低水準でした。価格が上がっているのに供給が増えないことが、いまの市場の特徴です。

全国の着工側にも弱さがあります。国土交通省発表を基にした2025年度の住宅着工では、新設住宅着工戸数が71万1,171戸と前年比12.9%減、分譲住宅のうちマンションは8万2,881戸で21.2%減でした。首都圏のマンションは31.5%減と、全国平均より厳しい落ち込みです。

価格上昇が続く一方で、需要が無限に強いわけでもありません。近畿圏の2026年上半期は発売戸数が7,329戸と3.8%増えましたが、契約率は71.7%で前年同期から5.4ポイント低下しました。平均価格は5,453万円、1平方メートル単価は98万円となり、単価は1973年の調査開始以来の最高値を6年連続で更新しています。

この先のリスクは二つあります。第一に、供給を絞ることで平均価格は保てても、実需層が離れれば販売期間が長期化することです。第二に、販売価格へ転嫁しやすい都心・高額物件へ開発が偏り、一般的な所得層向けの新築供給がさらに細ることです。価格高騰は企業決算には追い風でも、都市の住宅供給には逆風となります。

決算で見極める住宅価格高止まりの耐久力

読者が今後見るべき指標は、マンション平均価格だけではありません。ゼネコンでは建築部門の粗利率、受注時採算、手持ち工事の消化、労務費の価格転嫁が重要です。デベロッパーでは住宅分譲の利益率、棚卸資産の増減、販売在庫、借入金利、用地取得のペースを確認する必要があります。

価格が上がっている市場は、必ずしも企業にとって安全な市場ではありません。高値で売れる会社と、建てられずに計画を止める会社の差が広がるためです。施工能力を確保できる発注条件を出せるか、販売価格に転嫁できる立地を持つか、在庫を抱えても耐えられる財務体力があるか。この三つが、マンション市場の勝敗を分けます。

マンションが建たない未来は、全国一律に訪れるものではありません。都心の高額物件は残り、郊外や地方の中価格帯で計画の延期や縮小が増える可能性が高いです。住宅価格の高止まりを読むには、販売価格のニュースよりも、ゼネコンとデベロッパーの決算書に表れる交渉力の変化を追うべき局面です。

参考資料:

佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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