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日本の施工能力不足で再開発も公共工事も止まる建設費高騰の真因

by 佐藤 理恵
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建設費高騰を資材高だけで読めない理由

建設費の上昇は、鉄骨や生コンクリートの値上がりだけでは説明しきれない段階に入っています。国土交通省の直近調査では、主要建設資材の需給は全品目で「均衡」とされながら、建設現場では入札不調や着工延期が続きます。

問題の中心は、必要な時期に、必要な職種を、必要な工期で集められるかという施工能力です。建設会社の財務は改善している一方、技能者の年齢構成と下請け網は薄くなっています。本稿では、資材価格、労務、受注選別、公共調達の制度を分けて、建設費高騰の実態を読み解きます。

名目80兆円時代に薄くなる施工余力

需要は増えるが実質量は伸びにくい構図

建設需要は数字の上では強い回復局面にあります。建設経済研究所の2026年4月見通しでは、建設投資は2025年度に76兆7800億円、2026年度に80兆9400億円へ増える予測です。名目額では2025年度が前年度比4.9%増、2026年度が5.4%増です。

ただし、この名目増は「建てる量」が同じだけ増えることを意味しません。資材、労務、外注単価が上がるほど、同じ予算で発注できる床面積や土木出来高は縮みます。発注者の予算書では事業費が増えても、現場で積み上がる実物資本は思ったほど増えないというずれが生じます。

政府分野投資も2026年度に24兆6500億円、前年度比7.7%増と見込まれています。防災・国土強靱化、老朽インフラ更新、半導体・データセンター関連の民間投資が重なれば、建設会社にとって案件は豊富です。しかし案件が多いほど、職長、主任技術者、専門工事会社、運搬能力の取り合いが強まります。

建設費高騰を需要と供給の両面で見ると、いま起きているのは単なるコストプッシュではありません。需要が増える局面で、施工側が「すべての案件を受ける」前提をやめつつあることが、見積もりと入札の価格を押し上げています。

資材指数より重くなる労務と工期の原価

資材価格はなお高止まりしています。建設物価調査会の2026年5月分では、東京の建設資材物価指数は建設総合で147.5となり、前月比0.9%上昇、前年同月比4.0%上昇しました。建築部門は145.1、土木部門は155.2で、2015年平均を大きく上回ります。

一方で、国土交通省の2026年6月の主要建設資材需給・価格動向調査では、生コンクリートや鋼材、木材など7資材13品目の需給は全て「均衡」、在庫も全て「普通」です。アスファルト合材、異形棒鋼、H形鋼、型枠用合板、石油は「やや上昇」ですが、資材が市場から消えているわけではありません。

むしろ重いのは、労務費と工期の制約です。建設経済研究所は、2026年度の公共工事設計労務単価平均が前年度比4.5%増としています。日建連のデータでも、2025年度の全国全職種平均値は法定福利費、有給休暇、時間外労働短縮に必要な費用を反映し、14年連続で上昇しました。

この上昇は悪いことではありません。担い手を確保するには賃金を上げる必要があります。ただ、発注者が旧来の単価感覚で予算を組み、施工側だけに週休2日や猛暑対策、残業抑制の費用を押し込めば、見積もりは成立しません。建設費高騰の一部は、これまで外部化されてきた労務リスクが価格に戻ってきた結果です。

人手不足が見積もりと受注選別を変える構造

不足率だけでは見えない職長と技能の欠乏

国土交通省の建設労働需給調査では、2026年5月の全国8職種の過不足率は1.2%の不足でした。前月の0.6%不足から不足幅が拡大し、前年同月の0.5%不足よりも0.7ポイント悪化しています。数字だけを見ると小さく見えますが、現場運営ではこの不足率以上に影響が出ます。

建設現場は、単純な人数の足し算では動きません。型枠、鉄筋、とび、左官、設備、電気、内装などが工程に沿って入れ替わり、前工程の遅れが後工程の稼働率を下げます。職長が不足すれば、若手がいても安全・品質・工程をまとめられません。主任技術者や監理技術者の配置制約も、受けられる案件数を絞ります。

日建連のデジタルハンドブックによると、建設業就業者は1997年の685万人をピークに減り、2024年は477万人です。ピーク比では69.6%にとどまります。建設技能者は1997年の464万人から2024年に303万人へ減り、ピーク比65.3%です。

年齢構成も厳しい状況です。2024年の建設業就業者は55歳以上が約37%、29歳以下が約12%です。過去20年で29歳以下は約88万人から約56万人に減り、65歳以上は37万人台から80万人台へ増えました。中核の30歳から49歳も約238万人から約177万人へ減っています。

週休2日と猛暑対策が変える稼働日数

建設業の働き方改革は、施工能力を一時的に押し下げる面があります。長時間労働に頼ってきた業界が、週休2日、残業上限、猛暑日の工期配慮に移るほど、同じ人数でこなせる年間出来高は減ります。これは制度の失敗ではなく、従来の生産能力が過大評価されていたことの可視化です。

日建連の統計では、建設業の年間労働時間は減少傾向にあるものの、2025年は調査産業計より約237時間、製造業より約40時間長い水準です。年間出勤日数も235日で、調査産業計より26日、製造業より11日多い状況です。働き方改革の余地は残りますが、短期的には稼働日数を減らす圧力になります。

公共発注側の対応も途上です。国土交通省などの2025年調査では、週休2日工事や週休2日交替制工事の実施は市区町村を中心に改善しました。一方で、工期設定時の猛暑日考慮は特殊法人等や市区町村で遅れがあるとされています。

発注書に十分な工期がない案件は、施工会社にとって価格以上のリスクになります。遅延ペナルティ、近隣対応、追加人員投入、休日作業の割増が重なれば、粗利益は一気に削られます。施工能力不足の局面では、建設会社は「単価が高い案件」よりも「工程リスクを読める案件」を選ぶ傾向を強めます。

受注選別が広げる公共工事と再開発の停滞

ゼネコン決算に表れた採算優先の転換

主要建設会社の財務は、需要不足の業界とは違う姿を示しています。建設経済研究所の2026年3月期主要建設会社決算分析では、対象40社の受注高は18.4兆円となり、前年度比15.9%増でした。建築、土木ともに全階層で増加し、全体として過去5年間で最も高い水準です。

売上高も20兆円を超え、過去20年間で最高とされます。売上総利益は前年度比27.9%増、売上高総利益率は総計で13.6%です。営業利益は前年度比47.5%増、売上高営業利益率は7.0%に改善しました。採算の悪い案件を無理に積む時代から、価格転嫁や追加変更契約を取りに行く時代へ移ったことが読み取れます。

この変化は、発注者にとって厳しい意味を持ちます。大手5社は2026年度の受注予想を前年度比20.5%減としています。これは需要が消えたというより、手持ち工事や採算を見ながら受注を絞る姿勢の表れです。再開発や大型公共工事は、発注額を積み増しても、工期やリスク条件が合わなければ優先順位が下がります。

会計上も、施工会社は過去のように「受注高を守るために低採算でも受ける」判断を取りにくくなっています。工事損失引当金、資材価格変動、下請け単価、追加変更契約の確度を見誤れば、売上計上が進むほど利益が傷みます。投資家も受注高だけでなく、粗利益率と契約条件を重視するようになりました。

予定価格と実行予算のずれが生む不調

公共工事の入札不調は、予定価格が低いという単純な話ではありません。予定価格が最新単価を反映していても、実行予算に含まれるリスク費用が足りなければ応札は減ります。たとえば工期が短い、現場条件が不確実、設計変更の扱いが硬い、物価スライドの運用が遅い案件です。

国土交通省、総務省、財務省の入札契約適正化調査では、公共工事設計労務単価は特殊法人等と市区町村の一部を除くほぼ全ての団体で最新単価が適用されています。一方、スライド条項の運用基準は市区町村で進捗したものの、依然として一定数の団体で未策定です。制度の有無だけでなく、実際に使いやすいかが問われます。

発注者の予算編成は年度単位で、事業認可や議会手続きも伴います。ところが建設会社の見積もりは、下請けからの最新単価、労務の繁閑、設備機器の納期、金融費用を織り込みます。発注時点の予定価格と、応札時点の実行予算の間に時間差があるほど、不調のリスクは高まります。

民間再開発でも同じ構造があります。容積率、地価、金利、テナント賃料を前提に収支を組んだ後で建設費が上がると、開発利益は圧縮されます。施工会社がリスクを丸のみしない以上、発注者は事業規模の縮小、仕様変更、着工延期、共同事業者の再交渉を迫られます。建設費高騰は建設業だけの問題ではなく、不動産開発の資本効率を直接揺らします。

発注者に迫られる単価より大きな制度修正

解決策は、予定価格を上げるだけでは足りません。第一に必要なのは、発注前の段階で施工者の知見を入れることです。設計が固まってから価格だけを競わせる方式では、施工不能な仕様や工期が残りやすくなります。ECI方式やCM方式を使い、施工計画、調達、仮設、工程を早期に検証する価値が高まっています。

第二に、価格変動と工期変動のルールを契約で明確にすることです。物価スライド、設計変更、猛暑日、地中障害、近隣対応の扱いが曖昧な案件は、施工会社がリスクプレミアムを厚くするか、そもそも応札を見送ります。公共調達では、市区町村まで使いやすい標準契約と運用支援を広げる必要があります。

第三に、生産性向上を「技術導入」だけで終わらせないことです。国土交通省はi-Constructionを通じ、ICT土工や建設現場のオートメーション化を進めています。ただし中小の専門工事会社まで効果を及ぼすには、3次元データ、出来形管理、請求、就業履歴をつなぐ業務標準が必要です。建設キャリアアップシステムのような基盤を、賃金・技能評価・工程管理に結びつけることが重要です。

投資家と発注者が見るべき施工余力指標

建設費高騰を読むうえで、資材価格だけを追うのは不十分です。投資家は、受注高よりも手持ち工事の質、売上総利益率、追加変更契約の獲得力、協力会社網、技術者配置余力を見る必要があります。受注減でも利益率が上がる会社は、施工能力を価格に変える交渉力を持っています。

発注者は、予定価格、工期、スライド条項、猛暑日対応、設計変更手続きの5点を点検すべきです。建設会社が不足しているのではなく、条件に見合う施工能力が不足していると捉える方が実態に近いです。公共工事と再開発を前に進めるには、安く早く発注する発想から、施工可能性を買う発想への転換が欠かせません。

参考資料:

佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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