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第一三共が再びMR削減へ、がん特化経営と人材再配置策の勝算を読む

by 佐藤 理恵
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好業績下で浮上したMR再編の必然

第一三共が2年連続で希望退職型の施策を打ち出したことは、製薬業界の人員整理が「業績悪化時の緊急対応」から「成長領域へ人と資本を寄せる通常の経営手段」へ移ったことを示しています。焦点は、MRを含む国内営業体制の縮小そのものではありません。むしろ、好調なエンハーツを軸に世界のがん市場で勝ち切るため、国内中心の人員構成をどこまで変えられるかにあります。

同社の2025年度売上収益は2兆1230億円、コア営業利益は3889億円でした。財務だけを見れば、急いで固定費を削る会社には見えません。しかし一過性費用にはネクストキャリア支援施策関連として83億円が計上されており、すでに人員ポートフォリオの修正は財務諸表にも表れています。今回の再編は、黒字企業のリストラというより、がん特化企業へ変わる過程で避けにくい人材の棚卸しです。

国内営業を細らせる市場構造の変化

MR白書が映す量から質への転換

MR削減の背景には、第一三共だけでなく国内製薬業界全体の構造変化があります。MR認定センターの2025年版MR白書によると、2025年3月末時点のMR数は4万3646人で、前年から3073人、率にして6.6%減少しました。近年は4〜6%程度の減少傾向が続いていましたが、2024年度は下げ幅がやや大きく、早期希望退職の影響が大きかったと分析されています。

注目すべきは、単に人数が減っているだけではない点です。MR白書では、1000人以上のMRを抱える企業区分が5社減り、この区分のMR数が5751人減ったことも示されています。つまり、営業人員を多く抱えてきた大手ほど、従来型の面談回数を基礎にした営業モデルを維持しにくくなっています。第一三共のように、国内でも一定規模のMR体制を持ってきた企業にとって、この流れは外部環境ではなく自社の損益構造そのものに関わる問題です。

MRの役割も変質しています。厚生労働省は医療用医薬品の販売情報提供活動についてガイドラインを設け、MRやMSLによる広告・宣伝活動を対象としたモニター調査も実施しています。製薬協コード・オブ・プラクティスも2025年に改定され、医療関係者との交流には高い透明性と倫理性が求められます。さらにRMP、つまり医薬品リスク管理計画に基づく情報提供の重要性も強まっています。

この環境では、MRは「多く訪問する人」から「適正使用や安全性まで説明できる専門人材」へ変わらざるを得ません。がん領域では治療ライン、バイオマーカー、副作用管理、リアルワールドデータの理解が必要です。広範な生活習慣病薬を地域別に売る体制と、専門医に高度な情報を届ける体制では、必要な人材の数も能力も異なります。

薬価改定とリクシアナ依存の圧力

国内営業体制を見直すもう一つの理由は、国内大型品の収益寿命です。第一三共の国内主要製品を見ると、抗凝固剤リクシアナの2025年度日本売上は1418億円で、国内製品の中でも大きな柱です。グローバル売上でもリクシアナは3677億円に達し、エンハーツの8195億円に次ぐ存在感があります。

しかし、同社の第6期中期経営計画資料では、2030年度に向けて克服すべき課題としてリクシアナの特許切れ、エンハーツ販売マイルストンの終了、鉄剤フランチャイズの減収が挙げられています。すなわち、現在の利益を支える製品群には明確な時間制限があります。国内MRの大量配置は、大型品のライフサイクル後半では固定費として重くなりやすい構造です。

2026年度第1四半期決算でも、売上収益は5747億円と前年同期比で21.1%増えた一方、営業利益は851億円で12.0%減りました。主因はEUスペシャルティ事業の再編費用などですが、販売費・一般管理費や研究開発費の増加も重なっています。がん領域の世界展開は成長を生みますが、同時に販管費、提携先へのプロフィットシェア、臨床開発費を押し上げます。

このため、国内営業の固定費を温存しながら、グローバルがん事業への投資を増やす選択は難しくなります。第一三共が好業績の段階で希望退職型の施策を進めるのは、損益が悪化してからの防衛策ではなく、利益が出ているうちにコスト構造を変える判断と見られます。

がん特化へ資本を寄せる経営判断

エンハーツ成長が支える投資余力

第一三共の成長ストーリーは、エンハーツを中心とするDXd ADCに集約されつつあります。2026年5月に公表した新5カ年事業計画では、2030年度にがん領域売上収益2兆3000億円超を目指し、2035年にはグローバルトップ5のオンコロジー企業になる方針を掲げました。2030年度の財務KPIとしては、売上収益3兆円超、営業利益6000億円超、EPS260円超も示しています。

これは国内大手製薬の延長線上というより、グローバル専門薬企業への転換です。エンハーツは2025年度のグローバル製品売上収益が8195億円まで伸び、ダトロウェイも日米欧で上市が進みました。第6期計画では、DXd ADCポートフォリオで20以上の適応症上市を目指し、2035年には年間70万人超の新たな対象患者に薬剤を届ける構想を示しています。

この戦略では、価値の源泉は国内の販売網ではなく、研究開発、薬事、メディカル、製造、価格交渉、グローバル上市の実行力です。MRを減らす一方で、臨床開発やデータ解析、メディカルアフェアーズ、マーケットアクセスに人材を移すなら、単なる縮小ではなく能力の組み替えになります。会計上は人員削減に見えても、戦略上は投資先の変更です。

ただし、がん特化には集中リスクもあります。エンハーツは大きな成功を収めていますが、提携先であるアストラゼネカとの利益配分や、将来の特許・競争環境に左右されます。だからこそ同社は、ダトロウェイ、HER3-DXd、I-DXd、R-DXdなど複数のADC候補に研究開発費を投じています。2025年度の研究開発費は4621億円で、売上高比率は21.8%です。この研究開発負担を支えるには、国内固定費の見直しが避けにくくなります。

ヘルスケア売却とポートフォリオ再編

2026年4月、第一三共は第一三共ヘルスケアの全株式をサントリーホールディングスへ譲渡する契約を結びました。譲渡価額は予定ベースで2465億円です。譲渡は段階的に実施され、2026年6月に30%、2029年6月までに完了する予定です。ロキソニンS、ルル、トランシーノ、ミノンなど一般消費者向けブランドを抱える事業の売却は、同社の選択と集中を象徴しています。

第一三共ヘルスケアは2025年度に国内売上907億円を計上しており、決して小さな事業ではありません。それでも売却を選んだのは、経営資源をイノベーティブ医薬品、特にオンコロジーへ集中させるためです。OTCやスキンケアは安定的なキャッシュを生みますが、グローバルがん薬のような高成長・高収益の機会とは資本効率が異なります。

この売却とMR再編を並べると、経営の方向性は明確です。国内で広く稼ぐ企業から、世界で専門性の高い薬剤を伸ばす企業へ移るということです。第一三共の地域別売上比率は、2025年度に海外72.7%、日本27.3%まで変化しました。2022年度は日本が41.7%を占めていたため、わずか数年で収益の重心は大きく海外へ移っています。

ここで重要なのは、国内事業を軽視しているわけではない点です。がん領域の新薬を日本の患者に届けるには、国内の専門医療機関との信頼関係、安全性情報の収集、薬価収載後のエビデンス構築が不可欠です。ただし、それを担う人材は、従来型の広域MRとは違う専門性を求められます。第一三共の人員削減は、国内を捨てる動きではなく、国内の役割を変える動きと捉えるべきです。

人材摩擦を抱える組織変革の難路

第一三共は人事制度面でも、従来のメンバーシップ型から「DS版ジョブ型人材マネジメント」へ移行しています。キャリア採用サイトでは、職務・職責に基づく等級・報酬、年齢や勤続年数に関係しない早期昇格、社員の主体性に基づく専門人材育成を掲げています。JILPTの整理でも、2024年度から評価制度、2025年度から等級制度をグローバル共通化していることが確認できます。

この制度改革は、希望退職型の施策と無関係ではありません。ジョブ型は職務を明確にし、必要な仕事に必要な人材を置く仕組みです。裏返せば、現在の職務と将来必要な職務が合わない場合、再配置や社外転身が選択肢になりやすくなります。企業にとっては適所適材ですが、社員にとっては長年積み上げてきた職務経験の価値が急に見直される局面でもあります。

さらに同社は、2027年度にChief Commercialization Officerを置く新組織を設け、革新的医薬品事業のグローバル商業化活動を一元的に管理する方針です。商業化リソースや投資判断をグローバル戦略に沿って最適化し、商業プロセスやシステムを標準化する狙いがあります。これは、各国・各事業部が個別最適で動く体制から、製品価値最大化を中心にした統合体制への転換です。

リスクは、人材流出と現場知の喪失です。MRには地域医療の文脈、医師ごとの関心、院内採用プロセス、安全性情報の肌感覚があります。人数を減らしすぎると、デジタルや本社機能では拾い切れない情報が失われる可能性があります。特にがん領域では、上市初期の副作用管理や適正使用の説明が信頼形成を左右します。

もう一つのリスクは、残る社員の心理的安全性です。希望退職型の施策が続けば、制度上は自律的キャリア支援であっても、現場では「次は自分か」という不安が広がります。ジョブ型への移行を本当に成長につなげるには、退職支援だけでなく、残る人材に対する再教育、社内公募、専門職キャリアの明確化が必要です。

投資家が注視すべき再成長の条件

第一三共のMR再編は、短期的には販管費の抑制や組織のスリム化として評価されやすい動きです。しかし投資家が見るべき本丸は、人員削減の人数ではありません。国内営業の固定費を下げた分が、研究開発、グローバル上市、メディカル機能、商業化人材の強化に回っているかです。

今後の確認ポイントは3つあります。第一に、エンハーツとダトロウェイの適応拡大が計画通り進むかです。第二に、リクシアナ特許切れやヘルスケア売却後の減収を、がん領域の伸びで吸収できるかです。第三に、2027年度に予定される商業化組織の一元化が、現場の混乱ではなく上市スピードの向上につながるかです。

好業績下の人員整理は、痛みを伴う経営判断です。ただ、財務の余力がある時期に事業構造を変えられる企業ほど、次の成長局面に入りやすいのも事実です。第一三共の今回の再編は、国内製薬大手が「日本の営業会社」から「世界のがん専門薬企業」へ変わるための試金石になります。

参考資料:

佐
佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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