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デジタル教科書と紙の併用で子どもの学習効果を高める学校現場の条件

by 小林 美咲
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デジタル教科書論争の核心と学びの前提

デジタル教科書をめぐる議論は、「タブレットか紙か」という好みの対立に見えます。しかし、教育現場で本当に問われているのは、どの学習活動にどの媒体を使うと、理解・記憶・表現・協働が高まるのかという設計の問題です。紙には一覧性や書き込みの手触りがあり、デジタルには拡大、音声、保存、共有、試行錯誤の強みがあります。

文部科学省は、学習者用デジタル教科書を2019年度から制度化し、2024年度から全国の小中学校等を対象に段階的な導入を進めています。ただし、政策の前提は紙の廃止ではありません。文科省の説明でも、当面は紙との併用を前提に、次期学習指導要領を見据えて新たな教科書の形を検討する流れです。

この論点が重要なのは、進学や就職に直結する「学び方の基盤」が変わるからです。社会では資料をデジタルで読み、共同編集し、AIも使います。一方で、入試や深い読解、長文の整理では、紙に近い安定した読みの環境が有効な場面も残ります。子どもに必要なのは、どちらか一方への適応ではなく、目的に応じて媒体を選ぶ力です。

紙派が重視する記憶定着と読解の深さ

紙の教科書を支持する声には、単なる懐古ではなく、学習行動に根差した理由があります。ページをめくる、余白に書く、前後を見比べる、線を引いた場所を位置で思い出す。こうした動作は、学習内容を頭の中で整理する足場になります。特に長い文章を読む、複数ページの情報を比較する、解法の流れを追うといった場面では、紙の安定感が集中を支えやすいのです。

読解研究にも、紙の優位を示す結果があります。ノルウェーの中学相当の生徒72人を対象にした研究では、同じ長さの文章を紙とPDFで読ませたところ、紙で読んだ生徒の読解テスト成績が有意に高いと報告されました。別のメタ分析では、2000年から2017年の研究を整理し、17万人超の参加者データを含めて、紙の読解に小さいながら優位があるとしています。

重要なのは、この結果を「画面は学習に向かない」と短絡しないことです。紙の優位は、時間制限がある読解や説明文・情報文で強まりやすいとされます。一方、短い文章、音声や動画と結びついた学習、視覚的な操作を伴う課題では、デジタルが理解を助けることもあります。媒体そのものより、課題の種類との相性を見る必要があります。

画面読解で起きやすい理解の浅まり

画面で読むときに問題になりやすいのは、文字が表示される場所が固定されにくいことです。スクロールで文章が流れると、読者は「どのページのどの位置にあった情報か」を手掛かりにしにくくなります。複数の資料を行き来する場合、タブやリンクの移動も認知負荷になります。紙であれば自然に残る空間的な記憶が、画面では設計しないと失われやすいのです。

もう一つは、注意の管理です。OECDのPISA 2022では、OECD平均で約30%の生徒が数学の授業中に自分のデジタル機器で気が散ると答え、約25%が他の生徒の機器利用で気が散ると答えています。これはデジタル教科書だけの問題ではありませんが、端末を開く学習では通知、別アプリ、検索の横道をどう制御するかが学習成果を左右します。

画面読解の弱点は、操作のルールでかなり減らせます。長文はページ表示にする、必要な資料だけを開く、線引きやメモを残す位置を決める、一定時間は通知を切る。学校側がこうした読解手順を教えずに「端末で読ませる」だけにすると、子どもは内容理解より操作処理に力を使ってしまいます。

手で書く作業が残す思考の足場

紙派の本音としてよく語られるのが、「書いたほうが覚える」という感覚です。これは、手を動かすことが魔法のように記憶を高めるという意味ではありません。むしろ、書くには要点を選び、配置し、言葉を短くし、図や矢印で関係づける必要があります。その過程が、理解の確認作業になるのです。

特に算数・数学では、途中式や補助線、誤答の跡が学びの履歴になります。ノートに残る消し跡や書き直しは、教師や保護者がつまずきを把握する材料にもなります。デジタルにも保存機能はありますが、画面上のメモは消しやすく、後で見返す習慣がなければ学習記録として薄くなります。

紙の教科書やノートが強いのは、読み終わった後の「整理」です。長文読解で段落ごとの要旨を余白に書く、歴史の流れをページの端に年表化する、理科の実験手順を図で並べる。こうした活動は、デジタル化しても残すべき学習行動です。紙を守るべき理由は、紙という物体そのものではなく、深く読むための行動がそこに埋め込まれている点にあります。

デジタル派が見る個別最適化と授業改善

デジタル教科書の価値は、紙をPDF化して軽くすることだけではありません。文科省の資料では、拡大表示、書き込み、保存、音声読み上げ、背景色や文字色の変更、ルビ表示などが、学習者用デジタル教科書の代表的な機能として示されています。これは、読む速度や視覚認知、漢字理解、聞き取りに差がある子どもを支える仕組みでもあります。

GIGAスクール構想によって、端末環境は大きく整いました。文科省の審議まとめでは、児童生徒1人当たりの端末台数はGIGA以前の2019年3月時点で0.2台弱だったものが、2025年3月時点で1.1台になり、普通教室の無線LAN整備率も41.0%から99.4%に上がったと整理されています。環境整備の段階は、すでに「持っているか」から「どう使うか」へ移っています。

デジタル教科書が効果を発揮しやすいのは、学習者が何度も試し、すぐに見直し、他者の考えと比較する場面です。英語では音声を自分のペースで聞き直し、発音や表現を確認できます。算数・数学では図形を動かし、補助線を書き込み、別解を保存して比較できます。紙では一度書くと戻しにくい試行錯誤が、デジタルでは低い心理的負担で繰り返せます。

拡大・音声・書き込みが支える包摂

教科書の文字が小さくて読みにくい、漢字が多いと内容に入れない、音読や聞き取りに不安がある。こうした困難は、本人の努力不足ではなく、教材へのアクセス方法の問題でもあります。デジタル教科書は、表示の拡大、音声読み上げ、ルビ、色の反転などによって、同じ教材への入口を増やせます。

この点は、キャリア教育の観点でも見逃せません。学校段階で「自分に合う学び方を選べる」経験を持つことは、将来の学び直しや仕事の習得にもつながります。社会人になれば、動画教材、オンライン資料、紙のマニュアル、対面研修を組み合わせて学ぶ場面が増えます。子どものうちから、自分に合う入力方法を試す力は重要です。

ただし、支援機能があるだけでは包摂にはなりません。教師が子どもごとの困難を把握し、どの機能をいつ使うかを一緒に決める必要があります。全員に同じ端末を配ることと、全員が同じように学べることは別です。デジタル化の成否は、個別の学習状況を見取る教師の設計力にかかっています。

共有と試行錯誤を速める授業設計

デジタル教科書は、協働学習との相性もあります。子どもが自分の考えを画面に書き込み、学習支援ソフトで共有すれば、教師は複数の考え方を短時間で把握できます。算数の解法比較、英語の表現例、理科の観察結果などは、数人だけを指名する授業より、多様な考えを見せやすくなります。

文科省の実証事例でも、図形やグラフを動かして考えを試す、スクリーンショットをワークシートに貼る、全体共有で思考過程を比較する、といった活用が紹介されています。ここで起きている変化は、教師の説明がデジタル化されたことではありません。子ども自身が試し、比べ、説明する時間を増やす方向への授業改善です。

一方で、デジタル教材を使うほど授業がよくなるわけではありません。文科省の指導力向上ガイドブックも、ICT機器を導入すれば資質・能力の育成につながるわけではなく、主体的・対話的で深い学びの視点を持った授業改善が重要だと整理しています。端末は授業の目的を実現する道具であり、目的そのものではありません。

全面移行で見落とされる現場負担と健康配慮

デジタル教科書の本格化で最も注意すべきなのは、現場の負担を過小評価することです。文科省の審議まとめでは、効果的な活用方法の情報が不足していると感じる教師が約4割に上り、デジタル教科書に関する研修を受けた教師は2割程度にとどまるとされています。教材だけを先に配っても、授業設計や評価方法が追いつかなければ、教師の負担感は増します。

負担は授業だけではありません。アカウント管理、端末の充電、ネットワーク不調、家庭の通信環境、著作権処理、教材の更新、自治体ごとの採択手続きが絡みます。紙なら配布して終わる作業でも、デジタルではログインできない、音声が出ない、画面が固まるといった小さなトラブルが学習時間を削ります。

健康配慮も欠かせません。文科省は端末利用に当たっての児童生徒向け、保護者向けの啓発資料を用意しています。長時間の画面注視、姿勢、目との距離、休憩の取り方は、学校と家庭でルールを共有すべき事項です。特に宿題まで端末中心になる場合、学校時間と家庭時間を合わせたスクリーン接触の総量を見る必要があります。

国際的にも、教育テクノロジーの見直しは進んでいます。UNESCOの2023年GEMレポートは、教育技術がアクセスや包摂に役立つ一方、提案される解決策が害を及ぼす可能性もあると指摘し、アクセス、ガバナンス、教師準備という条件を重視しています。スウェーデンの紙回帰が話題になる一方、文科省は韓国やエストニアのようにデジタル教科書を使いながら国際学力調査で高い成績を残す国もあると説明しています。

つまり、海外事例から言えるのは「デジタルは危険」でも「紙は古い」でもありません。質保証の制度、教師研修、低年齢期の発達配慮、家庭との連携が弱いまま端末利用を増やすと、期待した効果が出にくいということです。日本で必要なのは、紙かデジタルかを急いで決めることではなく、移行の条件を丁寧に点検することです。

家庭と学校が選ぶ併用設計の実践軸

これからの教科書選びで有効なのは、媒体ではなく学習活動から考えることです。音声を何度も聞く、図形を動かす、友達の考えを比較する、資料を拡大して確認する場面ではデジタルが向いています。長文をじっくり読む、試験本番に近い形で解く、単元全体を俯瞰する、ノートに要点を再構成する場面では紙が力を発揮します。

学校は、教科ごとに「デジタルで伸ばす活動」と「紙で残す活動」を明確にする必要があります。たとえば英語では、音声練習と表現共有はデジタル、本文精読と語句整理は紙。数学では、図形操作はデジタル、途中式と誤答分析は紙。国語では、語句検索や共有はデジタル、長文読解と要約は紙。こうした設計があると、子どもは媒体に振り回されません。

保護者が確認すべき点も、「うちの学校はタブレットを使うか」だけでは不十分です。何のために使うのか、使った学習がどのように評価されるのか、長時間利用への配慮はあるのか、紙のノートや読書時間はどう確保するのか。この4点を学校と共有できれば、家庭学習の不安はかなり減らせます。

デジタル教科書と紙の教科書は、勝敗を決める関係ではありません。子どもが将来、自分に必要な知識を選び、読み、考え、他者に説明するための道具です。学習効果を高める条件は、紙を守ることでも、端末を増やすことでもなく、読む・書く・試す・共有する活動を目的に合わせて組み合わせることにあります。

参考資料:

小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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