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イラン危機で日銀利上げは様子見原油高と賃金が迫る次の分岐点の行方

by 松本 浩司
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原油高と春闘賃上げが挟む日銀利上げ判断

日本銀行が2026年3月19日の金融政策決定会合で追加利上げを見送った背景には、単なる慎重姿勢では片づけられない構造的な難しさがあります。中東情勢の緊迫化で原油価格が上がれば、日本では輸入物価が再び押し上げられやすくなります。しかし同時に、家計と企業の負担増を通じて景気を冷やす力も強まります。

しかも今回は、日銀が重視してきた賃金と物価の好循環が完全には崩れていません。春闘では高水準の賃上げが続き、企業の物価見通しも上向いています。つまり、利上げをやめる理由は弱い一方、急ぐ理由も不確実性に阻まれているというねじれです。

利上げ見送りを支えた三つの現実

原油高と交易条件悪化の重圧

3月19日の決定会合で日銀は、政策金利を0.75%程度で据え置きました。公表文では、日本経済は「緩やかに回復」との判断を維持しつつも、中東情勢の緊迫化で原油価格が大きく上昇し、今後の展開に注意が必要だと明記しています。会合は8対1で据え置きとなり、高田審議委員だけが1.0%への引き上げを主張しました。

日銀がすぐに動きにくい最大の理由は、日本が依然として中東エネルギーへの依存度が高いことです。資源エネルギー庁によると、日本の原油の中東依存度は9割超です。LNGは調達先の多角化が進み中東依存度は約1割ですが、価格連動を通じて原油高の影響を受けやすい構造は残ります。しかもホルムズ海峡は、米エネルギー情報局によれば2025年上期に日量20.9百万バレル、世界の石油液体燃料消費の約2割が通過した要衝です。代替パイプラインの迂回能力は日量4.7百万バレルにとどまり、海峡リスクがそのまま価格リスクになりやすい現実があります。

このため、原油高は日本にとって「物価上昇要因」であると同時に「景気下押し要因」でもあります。日銀の主な意見でも、ガソリン価格上昇や交易条件の悪化、企業収益の下押しに注意が必要だとする見方が並びました。資源エネルギー庁が国家備蓄原油の放出や、2025年12月末時点で約8カ月分の石油備蓄を示しているのは、供給不安への備えが現実の政策課題になっていることの表れです。

基調インフレと賃上げ持続の材料

一方で、据え置きがそのままハト派転換を意味するわけでもありません。2026年1月の展望レポートでは、日銀は経済が緩やかに成長し、基調的なインフレ率が徐々に2%に近づくとの見通しを維持していました。3月会合の公表文でも、その基本線は崩していません。原油高でヘッドラインの物価は振れやすくなっても、賃金と価格の相互作用は続くと判断しているからです。

実際、総務省の2026年2月全国CPIは、総合が前年同月比1.3%、生鮮食品を除く総合が1.6%でした。見た目には伸びが鈍っていますが、生鮮食品とエネルギーを除く総合は2.5%でした。政府のエネルギー負担軽減策で表面の数字は抑えられても、基調部分はまだ弱くありません。日銀の主な意見でも、基調インフレは十分に2%へ固定された段階ではない一方、中東情勢次第では2%を上回る可能性もあると指摘されています。

賃金面でも、日銀が利上げ路線を完全に撤回しにくい材料がそろっています。連合の3月23日時点の第1回回答集計では、平均賃上げ率は5.26%で、5%超は3年連続です。トヨタ、日立、NECなど大手の満額回答も相次ぎました。日銀が気にしているのは、大企業だけでなく中小企業まで賃上げが波及するかですが、少なくとも「賃上げの流れが途切れた」と判断できる状況ではありません。

様子見を長引かせる条件と次の分岐点

四月会合を難しくする不確実性

3月上旬のロイター調査では、3月会合の据え置きは全員一致の見方で、年央までに1.0%へ引き上げる予想は6割でした。次の利上げ時期は6月予想が最も多く、4月を挙げる声も一定数にとどまりました。これは、市場が中東情勢を無視していたのではなく、「利上げは必要だが、直ちには動きにくい」と整理していたことを示します。

4月1日に公表された3月短観は、その難しさをさらに鮮明にしました。大企業製造業の業況判断DIはプラス17と4四半期連続で改善し、企業の1年後の物価見通しは2.6%へ上昇しました。設備投資計画も底堅く、これだけ見れば日銀が追加利上げに踏み切る余地はあります。しかし同時に、企業は先行きの景況感悪化を見込んでおり、ロイターはイラン危機による燃料高が企業収益を圧迫し始めていると報じています。短観は「足元は強いが、先行きは不透明」という、日銀に最も判断しづらい組み合わせを示しました。

しかも今回の短観は、回答期間が2月26日から3月31日で、約7割の企業が3月12日までに回答したとされています。つまり、戦争長期化や供給混乱が企業行動にどこまで織り込まれたかは、なお見極めが必要です。次回会合が控える4月下旬までに、原油高が二次的な物価上昇に向かっているのか、それとも一時的ショックにとどまるのかを、もう少し確かめたいというのが自然な判断です。

為替と企業物価期待が示す上振れ圧力

ただし、様子見が長引きすぎることにも代償があります。3月会合の主な意見では、円安と原油高が重なると、価格転嫁や期待インフレを通じて二次波及が強まりやすいとの懸念が示されました。2022年の物価上昇を「一時要因」と見過ぎた反省が、今回の議論の土台にあります。輸入インフレが賃金要求を押し上げ、賃上げがサービス価格に転嫁されるなら、コストプッシュだけでは終わりません。

その意味で、足元の焦点は景気の弱さよりも、物価期待の再加速をどこで止めるかにあります。短観で1年後の物価見通しが2.6%へ上がったことは、企業が「2%前後の物価上昇」を前提に価格設定を考え始めている可能性を示します。日銀の主な意見にも、間隔を空けすぎずに金融緩和の度合いを調整すべきだという見方がありました。中東リスクは利上げを遅らせる理由である一方、長引けばむしろ利上げを早める理由にもなり得ます。ここが今回の最大の逆説です。

4月・6月利上げを左右する三つの分岐点

ここで注意したいのは、「見送り=利上げ打ち止め」と読むのは早計だという点です。日銀は3月会合の公表文でも、1月展望レポートの見通しが実現すれば、引き続き政策金利を引き上げる方針を維持しました。見送ったのは方向感ではなくタイミングです。逆に、「原油高だからすぐ利上げ」と決めつけるのも危ういです。エネルギー高は景気にとって増税に近い作用を持つため、家計消費や中小企業収益を傷める側面も強いからです。

今後の分岐点は三つあります。第一に、原油高が4月後半まで続くのか。第二に、春闘の高水準賃上げが中小企業まで広がるのか。第三に、円安と企業物価期待の上振れが二次的なインフレ圧力に変わるのかです。原油が落ち着き、賃上げの裾野が確認されれば、4月会合か6月会合での追加利上げは十分あり得ます。逆に、中東情勢が長引く一方で内需が弱るなら、日銀は利上げバイアスを残したまま、様子見をもう一段続ける可能性があります。

原油・為替・春闘・短観で読む次の政策変更

イラン危機が日銀の利上げ判断を難しくしているのは、原油高が日本にとって物価上昇と景気下押しの両面を持つからです。3月会合での据え置きは、その不確実性に対する時間稼ぎでした。ただし、賃上げはなお強く、企業の物価見通しも上がっており、利上げ路線そのものが消えたわけではありません。

今の日銀は「待つしかない」のではなく、「待ちながらも次の利上げ条件を詰めている」段階にあります。読むべきポイントは、会合ごとの据え置きか利上げかだけではありません。原油、為替、春闘の中小波及、短観の先行き判断がどう噛み合うかを追うことで、次の政策変更の確度はかなり見えやすくなります。

参考資料:

松
松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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