鰻の成瀬が5800万円で身売り、株主間で法廷闘争へ
はじめに
2022年9月に横浜で1号店を開業し、わずか3年で全国381店舗にまで急拡大したうな重チェーン「鰻の成瀬」。職人不要の標準化オペレーションと低コスト出店戦略で外食業界に旋風を巻き起こした同チェーンが、いま大きな転換点を迎えています。
運営会社であるフランチャイズビジネスインキュベーション株式会社(FBI社)の株式58%が、東証スタンダード上場のAIフュージョンキャピタルグループにわずか5805万円で売却されることが2026年3月31日に発表されました。年商20億円規模の企業がこの評価額で売却されるという異例の事態に加え、この株式譲渡をめぐって少数株主が「株主間契約違反」を主張し東京地裁に仮処分を申し立てるなど、法廷闘争にまで発展しています。
本記事では、鰻の成瀬の急成長と急失速の経緯、身売りの背景にある財務問題、そして株主間の法的対立の構図を読み解きます。
急成長から急失速へ――3年で描いた放物線
驚異的な出店ペースの裏側
鰻の成瀬は、山本昌弘社長が2022年9月に横浜で1号店を開業したうな重専門のフランチャイズチェーンです。「職人いらず」の標準化された調理オペレーション、駅前一等地を避けた低コスト出店戦略、そして1,600円台からという手頃な価格設定を武器に、急速に店舗網を拡大しました。
店舗数の推移を見ると、その成長速度は驚異的です。2023年11月に50店舗、2024年3月に100店舗、2024年6月に200店舗、2024年11月に300店舗を突破し、2025年10月末にはピークとなる381店舗に到達しました。わずか2年余りで300店舗以上を新規出店するというペースは、外食フランチャイズとしても類を見ないスピードです。
大量閉店の引き金となったメニュー改定
しかし、この急拡大に急ブレーキがかかります。転換点となったのは2024年8月に実施された大規模なメニュー改定とされています。鰻の原材料価格高騰を受けて値上げが行われる一方、コスト削減のために使用する鰻の産地や品質に変更があったとの指摘が相次ぎました。
SNS上では「味が落ちた」「以前と別物」といった声が広がり、リピーターの離反が加速しました。また、同一商圏内に複数店舗が乱立する「カニバリゼーション」(共食い)も深刻化し、個店の売上が大きく落ち込んだと報じられています。
100店舗超の閉店ラッシュ
2025年秋頃から閉店が急増し、2026年3月末時点で店舗数は約270店舗にまで減少しました。ピーク時から111店舗以上、実に約3割が姿を消した計算です。開業からわずか10か月から1年半で撤退する「短命閉店」が相次いだことも特徴的です。
加盟店オーナーの苦境を深刻化させた要因として、本部にスーパーバイザー(SV)制度が存在しなかったことも複数のメディアで報じられています。通常のフランチャイズチェーンでは、本部のSVが定期的に店舗を訪問し、経営指導やオペレーション改善のサポートを行います。しかし鰻の成瀬にはこの仕組みがなく、加盟店が経営悪化に直面しても十分な支援が受けられない状況にあったとされています。
わずか5800万円での身売り――不可解な企業評価
年商20億円企業が「1億円」の評価
2026年3月31日、AIフュージョンキャピタルグループ(証券コード254A、東証スタンダード上場)がFBI社の株式58%を5805万8千円で取得し、連結子会社化すると発表しました。これは100%換算で企業全体の評価額が約1億円であることを意味します。
FBI社の2025年8月期の業績は、売上高20億8000万円、営業利益5460万円でした。年商20億円規模の企業が約1億円で評価されるというのは、同業他社と比較しても極端に低い水準です。参考までに、焼き魚定食チェーン「しんぱち食堂」は約100店舗の時点で110億円の評価を受けてすかいらーくグループに買収されており、その差は歴然としています。
14億円超の負債が重荷に
この破格の評価額の背景にあるのが、FBI社の財務状況です。2025年8月期末時点で純資産はわずか7890万円にとどまる一方、負債総額は約14億5000万円にまで膨れ上がっていました。特に注目すべきは、2024年から2025年にかけてのわずか1年間で総資産と負債がそれぞれ約11億円も増加している点です。最終損益は3941万円の赤字に転落していました。
フランチャイズ本部の収益はロイヤリティ(固定10万円+売上の4%)が中心ですが、急速な店舗拡大のために出店費用の立替や初期投資の肩代わりなどが行われていた可能性が指摘されています。つまり、借入金によって拡大を維持してきた構造が、店舗閉鎖の連鎖とともに一気に表面化した形です。
債権者が経営権を「引き取った」構図
さらに注目すべきは、買い手であるAIフュージョンキャピタルがすでにFBI社に対して約2億6000万円の貸付を行っていた大口債権者だったという事実です。この構図は、純粋な事業投資というよりも、焦げ付きかねない貸付金を保全するために債権者自らが経営権を引き取った「防衛的買収」の色彩が濃いと分析されています。
AIフュージョンキャピタルは、SaaS事業や中古スマートフォンのリユース事業を手がけるほか、地域企業のM&Aを積極的に進めている企業です。同社はAI・DXのノウハウを活用して出店効率や収益性の向上を図るとしていますが、外食フランチャイズの再建実績は未知数であり、270店舗の経営立て直しがどこまで実現するかは不透明です。
株主間契約違反で法廷闘争が勃発
「書面同意なし」の株式譲渡に少数株主が猛反発
今回の身売りをめぐって最大の火種となっているのが、株主間の法的対立です。FBI社には株主間契約が存在しており、「書面での同意なしには株式を譲渡できない」という条項が設けられていました。
しかし、山本社長が保有する52.5%の株式をAIフュージョンキャピタルに譲渡する契約が締結された事実は、他の株主に対して事前に知らされなかったとされています。少数株主側は、書面での同意を与えた事実もないと主張しています。
株式譲渡後のFBI社の株主構成は、AIフュージョンキャピタルが58.0%を保有して筆頭株主となり、残りを早坂直樹氏(19.1%、FBI取締役)、N&Sパートナーズ社(10.0%)、加藤秀行氏(9.1%)、伊藤光茂氏(3.8%)が保有する形となります。少数株主は合計で42.0%の株式を持っており、決して無視できない存在です。
東京地裁に仮処分申し立て――譲渡禁止が認められる
少数株主のN&Sパートナーズと早坂直樹氏は法的手段に踏み切り、2026年4月1日、山本社長による株式売却を禁止する仮処分を東京地方裁判所に申し立てました。
4月9日にN&Sパートナーズが公表したリリースによれば、この仮処分申し立ては認められ、翌10日朝には仮処分決定が発令される見通しであるとされました。この決定により、山本社長によるFBI株式の第三者への譲渡は法的に禁止されることになります。
争点となる法的論点
この法廷闘争の核心は、株主間契約の拘束力と、その違反に対する救済手段にあります。株主間契約は会社法上の規定ではなく当事者間の合意に基づく契約であるため、その効力の範囲や第三者への対抗力については法的に議論が分かれる領域です。
仮に仮処分が維持された場合、AIフュージョンキャピタルによるFBI社の子会社化計画は大幅な見直しを迫られる可能性があります。一方で、FBI社が抱える14億円超の負債と経営危機を考えれば、何らかの形での資本注入や経営再建策は不可避であり、裁判の行方が鰻の成瀬の存続自体に影響を及ぼしかねない状況です。
注意点・今後の展望
フランチャイズ投資のリスクが顕在化
鰻の成瀬の事例は、急成長フランチャイズチェーンへの投資リスクを如実に示しています。短期間での大量出店は華やかな成長ストーリーを演出しますが、その裏で本部の財務体質が急速に悪化するケースがあることを、加盟を検討する事業者は認識しておく必要があります。
特に、SV制度の有無や本部の財務状況の開示姿勢、同一商圏内の出店制限ルールの有無などは、フランチャイズ加盟を判断する際の重要なチェックポイントです。
裁判の行方と経営再建の両立が課題
今後の焦点は、仮処分に対する異議申し立てや本案訴訟の行方です。株主間の対立が長期化すれば、経営判断の空白が生じ、残る約270店舗の加盟店オーナーにとってさらに厳しい状況が続くことになります。
AIフュージョンキャピタルが掲げるDXを活用した経営改善が実現するかどうかも未知数です。外食フランチャイズの再建は、ITの導入だけで解決できる問題ではなく、メニュー開発、食材調達、人材育成、ブランド回復といった地道な取り組みが求められます。
「いきなり!ステーキ」との類似性
外食業界では、鰻の成瀬の軌跡を「いきなり!ステーキ」の急成長と失速になぞらえる声もあります。急速な店舗展開による共食い、品質低下への不満、そして経営危機という流れは酷似しています。急拡大モデルの構造的な脆弱性が、業態を問わず繰り返される課題であることを示す事例といえます。
まとめ
鰻の成瀬の身売り問題は、単なる一企業の経営危機にとどまらず、フランチャイズビジネスモデルの構造的課題を浮き彫りにしています。3年で381店舗に拡大した驚異的な成長が、14億円超の負債と100店舗以上の閉店という形で崩壊し、わずか5800万円での株式売却に至った経緯は、急成長の裏に潜むリスクを如実に物語っています。
さらに、株主間契約を無視した形での株式譲渡が法廷闘争に発展したことで、FBI社の経営再建はより複雑な局面に入りました。裁判の行方は、鰻の成瀬の存続だけでなく、約270店舗を運営する加盟店オーナーの生活にも直結する問題です。今後の法的判断と経営再建策の両方に注目が集まります。
参考資料:
関連記事
ゼンショー小川賢太郎氏が問うた格差論の本質
全共闘から外食王へ転身した創業者が残した格差・メディア批判の視座
山椒茶屋のおでん自己申告制を支える地方外食チェーンの信頼設計
自己申告制おでんが続く背景を、観光立地と信頼設計、外食の収益構造から読み解く視点
焼肉きんぐが家族客を離さない仕掛けとは
焼肉きんぐのファミリー層LTV最大化戦略と驚異のリピート率8割を支える体験設計
コナズ珈琲の新業態KNOWS COFFEEが狙う戦略
トリドール傘下コナズ珈琲の新ブランドが目指す日常使いカフェの全貌
ロイヤルホスト増収増益の裏にある高付加価値戦略の全貌
物価高でも好調なロイヤルホストの「戦略的圧縮」と高級路線の成功要因
最新ニュース
日本のモノづくりが勝てなくなった構造的要因
ダイハツやトヨタで発覚した認証不正をはじめ、日本の製造業で品質不正が相次いでいる。短期開発の圧力、経営と現場の乖離、ガバナンス不全という構造的問題の根源を探り、IMD競争力ランキング低迷の背景や半導体再興の動きまで、日本のモノづくり再生に必要な視点を多角的に読み解く。
SAF増産の突破口を開くランザジェットATJ技術の全貌
米ランザジェットがジョージア州で世界初のエタノール由来SAF商業生産を開始した。年間1000万ガロンの生産能力を持つFreedom Pines Fuels工場の稼働は、原料制約に直面するHEFA方式に代わるATJ技術の商業化を実証。EUや日本の混合義務化が進む中、三井物産・コスモ石油との国内展開計画も含め、航空脱炭素化の新局面を読み解く。
那須雪崩事故で引率教員が有罪になった法的根拠とは
2017年に栃木県那須町で高校生ら8名が犠牲となった雪崩事故の刑事裁判で、引率教員3名に有罪判決が下された。一審の実刑判決から控訴審での一部執行猶予付き判決まで、裁判所が認定した過失の中身と予見可能性の判断基準、学校教育活動における安全管理義務の法的構造を詳しく解説する。
英国鉄道が再国営化へ 30年の民営化と転換の全容
イギリスの鉄道が約30年ぶりに再国営化へ動き出した。1990年代の上下分離型民営化はフランチャイズ制度の構造的欠陥やインフラ投資不足を招き、運賃高騰と遅延の常態化で利用者の不満が蓄積。新組織グレート・ブリティッシュ・レールウェイズ(GBR)による統合運営と運賃凍結の背景にある複雑な事情を読み解く。
阿波銀行サイバー攻撃が映す地域銀行セキュリティの構造課題と限界
阿波銀行の情報漏えいは、単発事故ではなく地域銀行が抱える人材不足、サードパーティ管理、縮小市場の三重苦を映す事案です。テスト環境からの流出が示した盲点を起点に、金融庁の新ガイドライン、共同化の潮流、経営への影響まで含めて地銀再編時代のサイバー防衛を読み解きます。