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発達障害学生増加と大学支援の課題、筑波大モデルからいま考える

by 小林 美咲
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障害学生急増が示す大学支援の転換点

大学で発達障害や発達特性のある学生への支援が大きな論点になっているのは、単に相談件数が増えたからではありません。高校までの学級担任制や保護者の伴走から離れ、履修登録、課題提出、実験、ゼミ、就職活動を自分で組み立てる環境に変わることで、これまで見えにくかった困難が一気に表面化するためです。

日本学生支援機構(JASSO)の2025年度調査では、大学、短期大学、高等専門学校に在籍する障害学生は5万9377人、全学生の1.82%でした。発達障害は1万2706人で、2015年度の3436人から約3.7倍です。この記事では、数字の変化を「支援対象の増加」だけでなく、大学教育の設計そのものを問い直すサインとして読み解きます。

履修登録で表面化する見えにくい困難

高校までの支援と大学の自律要求

発達障害のある学生が大学でつまずきやすい場面は、授業内容そのものに限られません。時間割を一人で組む、必修と選択の条件を理解する、複数科目の課題締切を管理する、教員への相談メールを書く、研究室や実習先で暗黙のルールを読む。こうした「学ぶ前後の作業」が、大学生活の土台を占めます。

国立障害者リハビリテーションセンターは、発達障害のある学生への気づきの例として、履修登録ができない、レポート提出に間に合わない、実験や実習の手順がわからない、就職活動の段取りが組めないといった状態を挙げています。重要なのは、これらを「やる気がない」と短絡しないことです。本人がまじめに取り組もうとしても、注意の向け方、見通しの立て方、読み書き、感覚過敏、対人コミュニケーションの特性が重なり、結果として学修不振に見えることがあります。

JASSOの支援ガイドでも、履修登録に際して職員やピア・サポーターが本人と面接し、希望と必修科目のバランスを確認する支援例が紹介されています。これは過保護ではなく、教育への参加条件を整える作業です。大学のカリキュラムは自由度が高いほど、選択肢の整理が難しくなります。シラバスが膨大で到達目標が読み取りにくい場合、選べること自体が負担になる学生もいます。

早期相談を阻む自己理解の空白

大学支援の難しさは、困難があっても本人がすぐに相談できるとは限らない点にあります。診断を受けていても、どの場面でどの配慮が必要かを言語化するには経験が要ります。診断を受けていない学生や、特性を「努力不足」と捉えてきた学生なら、なおさら窓口につながるまでに時間がかかります。

JASSOの2025年度調査では、障害学生のうち特性に応じた支援を受けている学生は4万1238人で、支援率は69.5%でした。その一方、合理的配慮として支援を受けている学生は3万667人、提供率は51.6%です。数字上は支援体制が広がっているものの、障害学生全員が必要な支援に結びついているわけではありません。

小規模研究ではありますが、大学新入生42人を対象にした研究では、発達障害関連の困り感が高い学生のうち、個別相談を受けた学生は、相談を受けなかった学生より出席率やGPAが高い傾向を示しました。ここから見えるのは、早期の相談が「困った学生を救済する」だけでなく、学修の軌道修正に効く可能性です。入学直後の段階で、学生が失敗を重ねる前に相談できる導線を用意できるかが、大学側の腕の見せどころになります。

ただし、支援は診断名だけで自動的に決まるものではありません。同じASDやADHDという診断であっても、困難の出方は学生ごとに違います。授業資料の事前提供が必要な学生もいれば、課題を小さな工程に分ける支援が必要な学生もいます。本人の意思、困難感、環境要因を合わせて見立てるアセスメントがなければ、配慮は形式的なチェックリストにとどまります。

筑波大学BHEに見る重層的支援モデル

診断名より困難感を起点にするアセスメント

筑波大学のヒューマンエンパワーメント推進局(BHE)アクセシビリティ支援チームは、障害学生支援の相談窓口として、学生本人だけでなく家族や教職員からの相談も受けています。発達障害領域では、RADDプロジェクトで構築されたアセスメントと支援モデルを基盤にし、医学モデルだけでなく社会モデルを重視する姿勢を示しています。

この考え方の核は、障害を学生個人の中だけに閉じ込めないことです。たとえば「課題が出せない」という状態は、不注意や見通しの弱さだけで説明できるとは限りません。課題のテーマが抽象的すぎる、提出手順が授業ごとに違う、締切情報が複数の学習管理システムに分散しているなど、環境側の要因もあります。支援は、学生を大学に合わせる訓練だけでなく、大学の情報提示や授業運営を調整する営みでもあります。

筑波大学BHEの発達障害支援では、学生自身の自助スキルを高める教育的支援と、教育環境を調整する合理的配慮を両輪としています。これは、本人の主体性を尊重しながら、困難を本人任せにしない設計です。大学教育では、自立を「全部一人でできること」と誤解しがちです。しかし実際の自立は、必要な支援を理解し、説明し、使いながら学びを続ける力として育てる必要があります。

ピア支援と配慮文書をつなぐ設計

筑波大学の支援で特徴的なのが、入学前後から授業、試験、学生生活、キャリアまでを切れ目なく扱う点です。オープンキャンパスでは障害学生支援に関する説明会や個別相談会を設け、受験上または修学上の配慮が必要な志願者には事前相談を促しています。入学時には、新入生、保護者、教育組織の教職員、アクセシビリティ担当者が参加するガイダンスや個別相談を行い、共通科目の履修方法や配慮内容を確認します。

授業段階では、BHEが障害学生、学類・専攻の教職員、アクセシビリティ担当教員との協議を通じて合理的配慮の内容を決め、配慮依頼文書を作成します。配慮を学生本人だけの交渉力に委ねず、組織として教員に共有する仕組みがあることは大きいです。発達障害のある学生にとって、毎回の授業で自分の困難を説明し直す負担は小さくありません。

さらに、ピア・チューター制度も整備されています。主な支援は、授業準備、受講時の情報支援、課題作成補助、キャンパス内移動支援などです。発達障害領域では、履修計画を一緒に考える、課題の工程を分ける、授業資料を整理する、レポート作成の見通しを立てるといった支援が重要になります。専門職だけで抱え込まず、訓練を受けた学生が関わることで、支援を受ける学生と支援する学生の双方が大学での学び方を考える機会にもなります。

キャリアまで見通す伴走支援

発達障害学生支援を修学だけで終わらせないことも重要です。大学生活の後半では、研究室配属、実習、インターンシップ、就職活動が始まります。ここで求められるのは、自己理解を職業選択や働き方の調整につなげる支援です。履歴書が書けない、面接で特性をどう説明すればよいかわからない、職場で必要な配慮を言語化できないという悩みは、学修上の困難と連続しています。

筑波大学BHEでは、キャリア支援チームとアクセシビリティ支援チームが連携し、障害学生のキャリア相談、就職支援講座、卒業生や企業関係者との接点づくりを行っています。1年生からキャリアについて相談できる点も見逃せません。就職年次になって初めて「障害開示をどうするか」「合理的配慮を職場でどう伝えるか」を考えるのでは遅い場合があります。

教育とキャリアをつなぐ支援は、発達障害のある学生だけのためではありません。スケジュール管理、情報整理、相談の仕方、自己理解の言語化は、多くの学生に共通する学びです。発達障害学生支援を起点に大学の学修支援やキャリア教育を見直せば、結果として全学生にとってわかりやすい教育環境に近づきます。

合理的配慮義務化後に残る運用格差

2024年4月、改正障害者差別解消法が施行され、事業者による合理的配慮の提供が義務化されました。私立大学を含む大学現場でも、合理的配慮を「できれば対応する善意」ではなく、組織として検討し提供する責務として捉える必要が強まっています。

JASSOの2025年度調査では、障害者差別解消法に関する対応要領や基本方針、規程等がある学校は89.8%、障害学生支援を担当する部署・機関がある学校は97.9%、相談窓口がある学校は95.2%でした。制度面では整備が進んでいます。一方で、支援の申出に関する対応手順を定めた文書等がある学校は82.2%にとどまります。窓口はあっても、申請から配慮決定、教員共有、見直しまでの流れが明確でない大学では、学生も教職員も迷いやすくなります。

合理的配慮は、教育の本質や評価基準を変えることではありません。他の学生と同等の機会を確保するため、過重な負担にならない範囲で必要な変更や調整を行うものです。だからこそ、単なる「特別扱い」と受け止められないよう、根拠資料、本人の意思、授業の到達目標、代替手段を丁寧にすり合わせる建設的対話が欠かせません。

課題は人材育成にもあります。発達障害の支援では、診断名から配慮内容を機械的に導くことができません。教員、学生支援担当者、保健管理センター、学生相談室、キャリアセンター、学外機関が連携し、相談を「窓口で受けて終わり」にしない体制が必要です。支援組織が中心となりながら、大学全体で制度化、啓発、情報共有を進める重層的な支援こそが、これからの標準になります。

大学と高校が共有すべき支援の次段階

発達障害学生の増加は、大学に新しい負担を押しつけているだけではありません。高校までの支援、入試前の相談、入学直後のガイダンス、履修登録、授業配慮、キャリア支援を一本の線でつなぐ必要性を示しています。大学は「困ったら来てください」から一歩進み、困る前に相談できる導線を設計する段階に来ています。

学生本人にとって大切なのは、診断名を持っているかどうかだけではなく、自分がどの場面で力を発揮しにくいのか、どんな環境なら学びやすいのかを少しずつ言葉にすることです。保護者や高校教員は、大学入学後に支援が途切れないよう、本人の意思を尊重しながら支援履歴や有効だった工夫を整理しておくとよいでしょう。

大学側は、筑波大学BHEのような先進事例をそのまま移植する必要はありません。重要なのは、相談窓口、アセスメント、合理的配慮、ピア支援、キャリア支援を孤立させず、自校の規模に合った形でつなぐことです。発達障害学生支援は、特定の学生だけの問題ではなく、大学教育が多様な学び方を前提に設計されているかを映す鏡なのです。

参考資料:

小
小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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